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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
小さな騎士と大きな彼女のおはなし
7/81

7 最初の日曜日

ブクマ、アクセスありがとうございます。嬉しいです。

なんだか思っていたより長くなりつつありますが、もうしばしお付き合いいただければ幸いです。

 冬には炬燵になる白いローテーブルに降り注ぐ朝日。

 その上には昨日買ってきたばかりの小さな人形用のテーブルとイスが置かれてあり、そこに腰かけているのはデニムのボトムにストライプのTシャツを着た男の子……というには少し成長しすぎているが、青年というにはまだ子供っぽい風情の小人。その顔はなんだか複雑そうに歪んでいる。


「わー! 本当にぴったりだった! なんならハウスごと買っちゃえば良かったー!」


 テーブルに頬杖を付き、にこにこと幸せそうに微笑むのは25歳のいい大人。事情を知らない第三者が見たら色々と拗らせたのかなと、生暖かい目で見守られそうな光景だった。


「ミュウ、楽しいか?」

「うん! すごく! 良かったー、お人形用はちょっと小さいかなと思って中くらいのお人形用のを選んだのは大正解だったね」


 本当はベッドもあったのだが、やはり人形用なだけあってちょっと実用性には乏しそうだったのでどうしようか悩み、選ばれたのは急ごしらえの藤籠ベッドでした。


「……そうか。ミュウが満足ならば良かった」


 何かいろいろと言いたそうだった小さな騎士は、ピンク色の可愛いシールが貼られたイスに座り、これまたかわいらしいテーブルに肩肘をついて小さく笑った。


「かわいいデザインしかなくって。男の子……じゃなかった、男性なのにごめんね」

「元々、ここまでしてもらえただけで驚きなんだ。ありがとう」

「どういたしまして」


 美雨はこの上なく嬉しそうだ。

 本当に変わった女性だとアルフレドは思う。


 昨日一日観察しただけだが、こんなに悪意や害意を持っていない親切な人間というものを久しぶりに見たと思う。上流階級のピリピリとしたやり取りや、人をおちょくることしか感じられない大魔法使いとのやりとり等が日常となっていたアルフレドには新鮮な気持ちだった。


「……この世界は、本当に平和なのだな」


 しみじみと漏らされた言葉。美雨は少し顔を曇らせる。


「うーん……魔物は出ないし。一番怖いのは人間かな……少なくとも、私の国はそれなりに平和、かな」

「一番怖いのは人間、か。どこの世界も同じだな」


 曖昧な言葉にアルフレドは察し、それ以上聞くことは無かった。

 どこの世界でだって、どこかで諍いごとは絶えないものだ。


「すっかり熱も引いたね」

「ああ。ミュウのおかげだ。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

「先ほど食べた“ほっとけーき”もとても美味しかった。ミュウは本当に料理上手なのだな」

「アルフが来てから食べてるもの、カレーとパン粥以外、混ぜて焼くか煮てるだけなんだけどね」


 とっても便利なこの世界では誰だって料理上手になれるのだ。


「ミュウは、働いているのだろう?」

「うん。週5勤務だから土日は……えーっと、昨日と今日まではお休みなんだよ」

「この世界では休息日が二日あるのか」

「ええと、会社によってまちまちみたいだけど。私の友達はシフト制度のお休みランダム、突然のお呼び出し有のお盆も正月も無し、鬼残業とかみたいだけど…」


 彼女に最後に会ったのはいつだろう。会うたびに口が悪くなっていくのは絶対にストレスに違いないと美雨は思っている。


「そうか。勤め先ごとで違うのか」

「アルフの世界ではどうなの?」

「オレの世界では雇い主がそれぞれ信仰している精霊によって休みが異なる。鍛冶屋ならば火の精霊だから火の曜日、漁師ならば水の精霊だから水の曜日、と言った具合だな」

「あー、それは便利だね。職種ごとにお休みが違うんだ」

「まあ、祭りの時などは関係なく仕事をしてしまうんだがな」

「どこの世界も一緒だね。そういえば、アルフは騎士なんでしょう?騎士のお休みって…」

「騎士は全てを統べる女神とネスレディア国と王に誓いを立てているから、交代制だな。非番でも呼ばれれば任務に向かうし、長い休暇を取ることもある」


 騎士って命がけのブラック企業なのかと内心思ったが、長い休暇が取れるのはとてもいいなと思う。どの仕事だってそれぞれに大変なものだ。


「私、アルフの世界に行ったらすぐに淘汰されそう」

「確かに。お人よしだからすぐに人買いにでも売り飛ばされそうだ」

「もう!アルフったら酷いよー」


 美雨は冗談を言い合いながらも、こんなに穏やかで楽しい日曜日の朝は久しぶりだと思った。それと同時に胸が少し軋むような気がしたが、それには気づかないふりをした。


「本来ならば、今日のミュウの予定があったんじゃないのか?」

「特には無いよ。映画でも借りてきてだらだらするだけの予定だったから」

「エイガ?」

「そう。映画館で上映されているのがDVDになったもので……えーっと、そうだね。説明するより見るのが早いかな」


 美雨はあまりテレビを見ない。静かな室内でゆっくり過ごし、たまに音楽を流すくらいだから、基本的にテレビはDVDの再生用かゲームをする位になっている。

 しかも負傷者がいたのだから、金曜の夜から音楽もテレビもつけてはいなかった。


「きっとびっくりするよー」


 悪戯っぽい表情でチャンネルに手を伸ばし電源を入れる。一瞬の間の後、テレビが着いて旅番組のようなものが始まった。


「なっ!? これは……動くシャシンか?いや、しかし……通信珠のようなものなのか?」


 案の定絶句し、呆然と呟く小さな騎士を楽しげに見つめる美雨。


 ただ時間が流れるだけの毎日が突然変わった。これまでの、終わりのないトンネルのような毎日に光が突然差したみたいだなと美雨は思う。


 アルフレドは命を救ってくれてありがとうと、騎士の誓いをくれた。でも、救われていっているのは本当は美雨のほうかもしれなくて、本当はお礼を言いたかった。でも、その理由を聞かれたら答えたくないから言えない。


 この小さな騎士との生活がいつまで続くか分からないけど、できるだけ長く続いてほしいと思った。

マグカップでお茶は飲めないけど、マグカップをお風呂替わりにはできない微妙なサイズ感の騎士さん。

お風呂に入った時に使ったプラスチック素材の洗面器に、いたく感動したそうです。

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