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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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66 世界中で一番好きな景色

 明け方には戻ると言っていた大輝は戻ってこなかった。

 昼ごろに通信珠に反応があり、アルフレドが確認すると到着は夕方になるとのことだった。どの道、出発するのは夕闇が迫ってからだ。美雨は切り替えて荷物を用意することにした。


 旅に出る際に、一番のネックになるのがロゼリオだった。

 本来ならば、国で一番の飛行速度の魔獣だが、残念ながら竜よりは格段に劣る。置いておくのが得策なのだが、食事を与えられるほど懐いている相手が全員出かけるのだから無理だろう。もう一人懐いている相手は国王だし、まさかお世話を頼むわけにもいくまい。


 昨夜、暖炉の前で寝そべって漫画を読んでいるクロードを見ながら、三人で話し合った結果。ロゼリオも連れていくこととなった。少し足は遅くなるが、それでもロゼリオは十分早い。竜の大輝に二人が乗り、荷物も持てばスピードは多少落ちるだろうし、逆にロゼリオのスピードは格段に上がるだろうということで話はついた。


 竜の姿を見せると混乱を招くから、美雨は夜間だけ飛ぶのかと思っていたが、国内を出てしまえば、出所を特定するのはまず無理だろうから問題ない、と大輝と国王は判断しアルフレドも頷いたので、出発は翌日の夕闇が落ちてからということになった。


 夕方から飛んでゆけば、夜明けにはネスレディア王国領土を出ることができる。そうしたら少し高度を上げて飛ぼうということになった。


 残念ながら大輝は遮蔽の術に適正が無いようで使えないそうだ。


「大魔法使いのくせに」


 と、美雨がからかうと


「世界中からモテモテだから」


 大輝に真顔で返された。冗談なのか本当なのかはよく分からなかった。そういうわけで遮蔽の術は使えないが、真下から見れば二人が背に乗っていることは見えないから問題ないという。


 昨晩の話し合いを思い出しながら美雨は荷物をカバンに足していく。寒さをある程度緩和させてさらにその中を温かくする術をかけると言っていたので、どれくらい防寒着を持っていくか美雨が悩んでいると、ロゼリオの支度を終えたアルフレドが家に戻ってきた。


「ねえ、竜王の里もかなり寒いのかな?」

「竜王の里は、ネスレディアよりずっと南方の海に浮かんでいる」

「え、じゃあ温かいんだ」

「いいや。寒くもあるし、温かくもあるそうだ。ネスレディアが寒すぎるんだろうな。季節の移ろいをはっきりと感じる島だと聞いている」


 アルフレドはブーツを脱いで雪を払う。最近はあまり雪が降っても大荒れの天気ということも少なくなってきた。美雨の初めて経験したこの大雪もそろそろ終わりということなのだろうか。


「じゃあ、日本みたいなのかな」

「美雨の居た国か。…そうだな、あちらで見た書物だと近いような気がするな」


 アルフレドが大量の書物、そしてテレビを見ていたことを懐かしく思い出して美雨の顔は自然と綻ぶ。小さい姿のアルフレドが、短い手足を伸ばし、本を一生懸命開く様子を見るのが好きだった。 


「四季がはっきりしてるのかな。あのね、日本では春になると段々と温かくなって花が一斉に咲きはじめるんだよ。桜っていう花がたくさん咲くの」


 ふと、美雨の脳裏に遠い日の優しい祖母の顔が思い出される。小学校の授業で自分の名前の由来を聞いてくるという宿題が出た時のことだ。自分の名前の由来を母に聞いた美雨に、母の名前の由来を教えてくれたのだ。


「そう、うちのお母さんね。“美咲”って言うんだよ」


 美雨は作業を中断し、暖炉の前で体を温めていたアルフレドの隣に腰をおろした。彼の手を取って指で漢字を書いてみせる。


「“美”は美しい。“咲く”は、花が咲く、だよ」

「“美”はミュウと同じだな」


 二人で文字を教え合った日々を思い出したのか、アルフレドは小さく微笑み頷いた。


「そう。お揃いなの。小さい頃の私はそれが嬉しかったな…でね、お母さんは春生まれで、桜がたくさん咲いている季節に生まれれたから、それにあやかって“美しく咲く”という意味で“美咲”ってつけたんだって」


「…そうか。美しい名前だな。本当に、漢字というものはとても興味深いな」


 そういえば、と。アルフレドは思い出したように続ける。


「ダイキは“大きく輝く”と書くのだろう? どういう意味合いになるんだ」

「大輝はそのまんまだね。“大”と書いて大きい、“輝”と書いて輝く…お日様とかの光のことだね。大きく輝き、人を照らすってお母さんは言ってた」


 美雨の由来を聞いた後、幼い大輝が自分のも教えてとねだり、母は人差し指を立てて得意げな表情で教えてくれたものだ。


「そうか。“美雨”と“大輝”は対のようだな」

「よく言われる。雨と太陽だねって」

「ミュウの由来も聞いていいか?」

「うん。お母さんの、世界中で一番好きな景色って言われた。小さい頃に聞いた時は意味が分からなかったのだけど」


 不思議そうなアルフレドに、美雨は笑ってキスをひとつ贈った。


「納得いかない! って言ったらね、“美”はお母さんから一文字とって、“雨”は誰の心にも潤いを与えられるようにって教えてくれた。お母さんの言ってた、世界で一番好きな景色は、きっと竜王の里へ行けば分かるよ」


 アルフレドは静かに微笑んだ。出会った当初に感じたものと同じだ。美雨の優しさは大地を潤す雨のように慈しみに溢れ、美しくぴったりだと思ったものだった。


 母は、美雨のことを頑なに“ミュウちゃん”と呼んでいた。彼女にとってあの世界で呼ばれた名前が、たった一つの繋がりだったのだろう。今なら分かる。


 母の大好きだった景色を、自分が生まれた場所を。愛する人と見に行こう。


 そして、母の名前の由来を竜王さんにも教えてあげようと思った。とても喜ぶだろう。


 美雨は、持ち物の中に書き物セットを加えることにした。



***


 夕方、留守にする準備を整えて暖炉の火を落とした。大輝はまだやって来ていなかったが、来れるのは夕闇が落ちてからだろうから気にしないで、ロゼリオの所で準備をしていると段々と外は暗闇に包まれ…それからさらに一時間程してから、外から地響きが聞こえた。


「ごめんー。うっかり寝ちゃって」


 クロードを無事に王宮に連れて行ったあと、少し疲れを癒そうと自室のベッドに横になり目を軽く閉じ、次に目を開くと昼前だったのだという。


「何かよくないことがあったのかって心配したんだよ」

「この所、激務だったからな。だいぶ寝ていなかったのだろう」


 アルフレドが珍しく助け船を出した。出会った時からの腐れ縁でバカバカ扱いをしているくせに、根本的には優しいんだよなと、大輝は苦笑いを浮かべる。


「まあ、ちょっと遅れたけど。そろそろ出発しよっか」



空、飛べませんでした。


次話、本当に空を飛びましょう。

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