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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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65 出発前の日

 漫画を読みながら、暖炉の前ですっかり寝入ってしまったクロードを起こすのは可哀想だったが、夜中でないと竜の姿で帰れないので仕方がない。

 

 急に決まるだろうなとは覚悟していたので、大体の準備はしていたが、明日から一週間だけときちんと決まったのだから、荷物に色々とたさねばならない。


 

 大輝の界渡りというものは、この世界に居る時にはもう一つの世界から伸ばされた光の道しか渡れないため、美雨とアルフレドの家から王宮へ! というような便利なことはできないそうだ。


 こちらの世界にいる彼を呼ぶ必要が無いということではないか、と仮説を立ててみたものの、光の道はその人に関連する所に繋がっていることが多い。従って界渡りの条件は人の想いが根底にあるのだとは思うが…結局のところはよく分からないのだという。


 そんなよく分からない方法でひょいひょい世界を渡って、無事に済んでいる弟を見るとやっぱり大魔法使いなんだなぁと思える。美雨には卵の殻を割るつもりは無い。大輝と竜王には申し訳ないが、大切な人と、その人の子どもに見守られて一生を終えたいと思う。


「おい、クロード、起きろって」


 どんなに大輝が揺さぶってもクロードは起きなかった。むにゃむにゃと幸せそうに目を擦りすやすやと寝息を立てている様はとっても可愛らしい。こんな小さな子が王様だなんて、となんだか美雨は複雑な気持ちになったが、これが彼の受け入れた運命なのだ。


「ったく。仕方ないなあ。姉ちゃん、クロードの防寒着取ってくれる?」


 暖炉の前で干しておいたクロードの防寒着を手に取ると、まだ少し湿ってはいるが最初よりはましだろう。体を支えられても尚、眠る少年に服を着せてやる。途中、眠っているはずなのに少年は幸せそうな笑い声を一回立てた。大人たちは顔を見合わせてから、優しく笑った。


 外に出ると真っ暗闇が広がっているが、降り積もった雪のおかげでほんのり明るい。


 大輝はアルフレドにクロードを一旦預けて、竜の姿へと変位した。黒い竜は鋭い牙の並ぶ大きな口をアルフレドに向かって開いた。そして、クロードに牙が当たったりしないよう、優しく咥えてそっと持ち上げる。長い首を曲げて背中のほうへと横たえた。


「じゃあ、行ってくるよ。明け方には戻ってきておくから」

「うん。クロードくんは寝てるだろうから、ちゃんと挨拶の手紙も置いてからくるんだよ」

「そうだな、分かっていることとは言え、陛下は寂しいと思うだろう」


 美雨とアルフレドの言葉に「お父さんとお母さんかよ…」と、巨大な口から小さな呟きを漏らし、その大きな頭をこっくりと頷かせた。そして湖畔の近くへ歩いていき、家から結構な距離を取ってから大きな翼を上下させる。その巨体が重力を感じさせない動きでフワリと浮き上がる。


 そのまま高く浮かび上がっていく黒い竜の背中からクロードが落ちないか気が気じゃなかったが、落ちないようにと寒くないように何らかの術を施しているのだろう。現在のネスレディアで一番早いと言われるロゼリオよりも遥かに早く王都の方へと空を滑り、その黒い竜の体は闇夜へと溶けていった。


 後に残ったものは、暗闇にぽっかりと浮かぶ一番大きな黄金の美しい女神の月と、小さな青い光を湛えた月。そしてその間に鎮座する赤い月はいつもより控えめに輝いていた。


「美雨、早く家に入ろう。体を冷やすと良くない」

「そうだね。明日から出発するんだもん。今日はもう遅くなっちゃったから早起きして準備しようか」


 二人は家に戻り、上着を脱ぐ。雪は降っていなかったので暖炉の前に干す必要はなかったが、習慣でついつい掛けてしまう。


「たった二人帰っただけなのに、随分静かに感じるね」

「そうだな。ああ、オレも手伝おう」


 出しっぱなしの食器を手際よく片付け出した美雨にアルフレドが声をかける。


「ありがとう。アルフ…ねえ。ずっと気になっていたことがあるんだけど」

「なんだ?」


 皿を流し場へと入れて美雨が洗い始める。それを伏せるとアルフレドが受け取って乾いたフキンで手際よく拭いて棚へと片づけていく。


「私とアルフの子どもって、さ。人間なのかな…」


 美雨が手を止めたので、流れる水の音だけがざーざーと聞こえる。

 アルフレドは皿を置く。うつむいてじっと皿を見ている美雨を後ろから抱きしめた。


「さあ、どうだろうな。だが、人間であっても竜であっても、卵であっても。オレとミュウの家族には変わりないだろう?」

「ふふ、アルフならそう言ってくれるかなって。ちょっぴり期待はしてた」


 腕の中から美雨がアルフレドを見上げる。ぺろり、と舌を出して見せてから持っていた最後のお皿を水で流して伏せ、魔石に触れて水を止めた。


「それにだ。まだ居もしないのだから。あれやこれやと心配ばかりしても疲れてしまうぞ」

「そうだね。もし卵でも、竜になってしまっても。大輝も竜王さんもいるもんね」


 タオルで手を拭く美雨の耳元に、素知らぬ顔でアルフレドはこっそりと囁く。


「だから、安心して励まねばな」

「なっ…!」


 美雨が真っ赤になって怒るのと、アルフレドが笑って手を放すのとどちらが早かっただろうか。


「もう!! 真面目な話をしてたのにー!!」


 そういえば、この人は時々こういうことをするんだったと、美雨は頬を膨らますのだった。


落ち着いてはいますが、彼ら新婚ですからね…!


次話、空を飛びましょう。

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