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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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64 弟の連れてきたお客様

 結局、竜王は王の許可を待たずして出発していった。先に竜王の里へと戻り、皆に知らせておくという。自身も二十年以上帰っていないから、久しぶりの帰郷なのだという。


 アルフレドと美雨、そして何故かとっても懐いたロゼリオに見送られ、白銀の竜は去って行った。


 もうすぐ長い冬が終わる。そうしたら結婚式もあるので早めに戻ってこないといけない。

 大輝からの連絡が無いまま、半月が過ぎた頃にそれは突然やってきた。


 家が震えるほどの地響きと、その振動で雪かきをしないとと思っていた雪が屋根から落下する音がした。夕飯を終えてお風呂から上がってのんびりと暖炉の前で髪を乾かしていた美雨とアルフレドはぎょっとした。


「え、なに? 地震、かなあ?」


 不安そうな美雨に、何かあってもすぐに対応できるようにぎゅっと抱え込んだアルフレドは、やがて一つの可能性に至ったのだろう。立ち上がり、広い窓に掛けられたカーテンをゆっくりと開く。雪が積もって上部が少ししか見えない窓。そこに、巨大な緑色の瞳があった。瞳孔が縦長の爬虫類のものだ。


 美雨は驚き、竜王かとも思ったが色が違う。竜王はもっと穏やかな春を思わせる緑色だが、この緑はもっと生命力に溢れる、夏の緑の色だ。それに何より、この竜は黒色だ。


「ダイキ、家が壊れるだろう。元に戻って入ってこい」


 アルフレドが大声を張り上げ、カーテンを閉めて玄関へと向かう。鍵を開けてやらねば入れない。


***


 竜の姿の大輝を初めて見た美雨はとても驚いたが、それ以上に驚くことがあった。

 なんと、驚くべきことに。大輝はクロードを連れてきていたのだ。

 開いた口が塞がらない美雨とアルフレドに大輝は軽い口調で大丈夫大丈夫と言い、クロードも大丈夫ですよと同じように軽い口調でのたまった。


「新しい漫画仕入れてきたら、ここで読みたいってクロードがわがまま言うからさー」

「僕もお姉ちゃんに会いたかったんです。でも、やっぱりご迷惑でしたよね」


 急にしゅんとなったクロードを見て美雨は慌てる。かわいい子どもの彼、しかも大輝との経緯を聞いた今となっては本当の弟のような気持ちもある。


「いいんだよ! 全然! ええっと、陛下…」

「クロードでいいです」


 しょんぼりとしていた様子はどこへやら。けろりと修正しているクロードに美雨は笑顔を向けた。


「じゃあ、クロードくん。君は紅茶にお砂糖入れる?」

「…ぶっ!」


 後ろで聞いていた大輝が噴き出す。王様捕まえて何言ってるんだとでも思っているのか。でも、最初に会った時にお姉ちゃんになってほしい的なことを言っていたのだから、世話を焼いても構わないはずだ。


 名前を呼ばれたクロードはとても嬉しそうに鳶色の瞳を輝かせた。


「はい! ミルクも入れたいです。僕も、お姉ちゃんのお手伝いをします」

「ありがとう。ゆっくりしててもいいんだよ」


 にこにこと話しながらキッチンへ消えていく二人をアルフレドは唖然として見送っていた。

 それもそうだろう。ダイキがやっと来たと思ったら竜の姿で庭に不時着するわ、陛下を連れてきてしまうわ。しかもその陛下が自分の嫁を独り占めするわでちょっと頭の処理が追いつかないのは仕方がない。


「姉ちゃん、これ持ってきといたよー。置いとくね」


 大輝がカバンから取り出したのは木でできた箱だった。細かい模様が彫ってある。


「大輝、これは何だ?」


 事態を諦めて受け入れることにしたらしい。アルフレドは勝手にくつろいでいる大輝の前の席に座って木の箱を手に取った。開くと優しいメロディが流れ始める。


「これはオルゴールだよ。姉ちゃんが中学の時に授業で…ええと、学校でこういうの作る機会があって。そんで作ったの」

「なんだと。この繊細な模様も、ミュウが彫ったのか…」


 几帳面に並んだ幾何学模様は一生懸命に少しづつ彫ったのだろう。ところどころ手元が狂ったのか形が歪つな所もあるが、それすらも何故だか可愛く見える。


「その中に、指輪が入ってるだろ。それが、オレらの母親が持ってた竜王に贈られたと思われる指輪」


 箱の奥に無造作に転がった、金の小さな指輪。内側には深い青色の小さな石が埋め込まれていた。細いチェーンが付けられた状態だ。


 実の所、大輝は姉が遠ざけていたこの指輪をずっと持ち歩いていたのだが、今回、美雨が自ら向き合うことを決めたのでオルゴールだけ取りに行き、中に入っていたチェーンに指輪を通して入れておいたのだ。


 女々しく指輪を持ち歩いていたなんて少し恥ずかしい。大輝はそれについては黙っておくことにした。


「お待たせー。みんなも紅茶飲んでね」

 

 にこにこ笑顔でキッチンから美雨が現れた。後ろからは残っていたケーキをお皿に乗せたクロードが続く。鳶色の瞳は嬉しそうに細められ、見えない尻尾がぶんぶんと振られているようだ。


「そういえば、行っても大丈夫だったのかな?」

「はい。一週間程度なら大丈夫です。今は冬ですし、やることも少ないので」


 美雨の言葉にクロードがはきはきと答えた。チーズケーキが信じられないスピードで彼の口の中に消えていく。


「ちょっとだけ、大輝とアルフを貸してね」

「一週間くらい大丈夫です。その代わりに、またこうやって遊びに来させてくださいね」


 クロードは口の周りに食べかすを付けたまま、ニコッと微笑んだのだった。 


 何の変哲もないチーズケーキだったのだが、もっと美味しいものをたくさん食べているはずのクロードはおいしいと連呼して全て食べてしまった。おやつばっかり食べて! と呆れる美雨にまた作ってねと懲りずにおねだりもしている。


 そんな光景を見てアルフレドは笑みを零した。そう遠くない未来が見えたような気がしたのだ。


漫画を読む王様。実はひらがなとカタカナ、簡単な漢字なら読めます。子どもの好きなことへの意欲はすごいのです。



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