63 暖かな暖炉と家族
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長い話が終わり、暖炉の火はすっかり弱くなってしまっている。
アルフレドは立ち上がり、隣に積んであった薪を放り込みながら呟いた。
「そうか。あの時の報せがあった黒い竜とはダイキのことだったのか」
結局、見間違いではということになり、倒れた木々も大輝がクロードを守るために魔法を使ったのだということで収まっていたのだ。当時、そんな風を操る魔法など大輝には本当は使えなかったが。
王が、魔法使いに執着するのも無理はないと、ようやく納得できた。攫われたのを助けられたからではない。それより前から、二人の間には深い繋がりが出来ていたのだ。
「ねえ、大輝。その…ルンゲさんは一体何を手紙に書いていたの?」
「私も気になる。ルンゲとは古い知り合いでな」
二人の言葉に大輝は苦笑いをした。
「書類は、大魔法使いを辞するという辞表だったよ。んで、オレを推すからよろしくって」
実際の手紙には、『疲れちゃったから、家に帰らせてもらうね。次の大魔法使いはダイキがいい、好きなだけ使ってやるといいぞい』と書いてあった。
「あと、界渡りは本当はいつでもできるはずだ。って書いてあった」
あの空間に行く必要はないのだ。ただ、よく目を凝らして行きたい場所へと繋がる光の帯を掴めば良かっただけのこと。まあ、大輝の場合は時々とんでもない所に出てしまうこともあるが。
「それに気づくまで三年かかっちゃったけど。一旦帰るねってクロードに言ったらギャン泣きでさー」
手がかかる弟だろと言いながらも、なんとなく嬉しそうだなと美雨は思った。
「姉ちゃんとこ帰れたと思ったら、あのバカが…まあ大変だったから、さ」
アルフレドの手前、言うのをやめた大輝が言葉を濁し、両手をぐっと上にあげて伸びをした。
「でも、ルンゲさんって不思議な人だね。だって、竜王さんとも知り合いなんでしょう?」
「ああ、昔ミサキと世界を巡っていた時に出会ってな。その時にはもう時空の塔の大魔法使いだったな」
「あのじいさん、ずっとあのままの姿なんだろ…」
げっそりとした表情の大輝が言う。
実は、居眠りをする師の耳が、時々見慣れぬ尖った耳をしているのを何度か見たことがある。
しかし結局の所、彼が何者なのかは大輝には分からなかった。そしてルンゲも語ることはなかったのだ。
ただ、王家をずっと見守っているとだけ教えてくれた。そして、もう疲れたなと漏れる本音も。そして新たな王と深い繋がりを得た大輝にその役目も継がせたのだろうということも。
「結局は、あのじいさんの手の上だったんだよなー。んで、それから半月くらいして塔に帰ったら。そこの竜王さんが無表情な顔で涙をだーだー流して部屋に居たっていう」
「え」
「なんと」
美雨とアルフレドの視線に竜王は顔ごと目線を逸らした。表情に乏しいその顔は少し赤い。
「大輝。それは美雨には言わない約束だったろう」
「そうだっけ? で。オレと竜王は感動の再会を果たしたってわけ」
父子感動の対面は、あまり大輝は思い出したくないらしい。そしてそれが照れ隠しなのも美雨には分かっていたからクスリと笑みを漏らした。
「卵が割れた時、世界が喜びに震えて私に教えてくれたのだ。しかし、反対側に居たので来るのが遅れてしまったのだよ」
本当はもっと早く行きたかったのにと、竜王は悔しそうだった。でも、事後処理とか大変だったから良かったのかもしれないと美雨は思う。だって、ゆっくり話をすることもできないではないか。今みたいに。
美雨はのんびりと会話する二人と、薪をくべているアルフレドを見渡した。
このこじんまりとした家の中にいる人は、みんな家族なんだ。そう考えるとなんだか嬉しくて自然と笑顔がこぼれた。今度、大輝の大切な小さな王様も招待してあげたいと思った。
「ねえ、竜王さん。私ね、ひとつお願いがあるんだけど…」
「なんだ? かわいい娘のお願いならなんでも聞いてやろう」
本当になんでもかなえてくれそう、と美雨は苦笑いを浮かべる。
「私と大輝を一度、竜王の里へ連れて行って欲しいのだけど」
その言葉を聞いて竜王は目をぱちりと開き、緑の瞳からはぽろりと涙が一粒零れた。
「すまない、こ、これは、暖炉で瞳が乾燥するのだ。…何故、急に行ってみたくなったのだ?」
「ふふ、だって。お母さんと竜王さんの家族なんでしょう。会ってみたいなって思って」
それに、美雨はずっと気にかかっていたのだ。
母と一緒に隠れ、最後には自分たち姉弟を守るために飛び出して行ってくれた雌竜のことが。
彼女に会って感謝を伝えたい。もう会うこともできない母に代わって。
「アルフ、行ってもいいかな」
「ああ。許されるならばオレも行きたいが…」
「でも、アルフも大輝も一緒に仕事を抜けちゃったら大変じゃない?」
美雨の言葉に大輝が笑った。
「確かに。でも、今は国も安定しているし、クロードの味方だってだいぶ増えた。ひと月…は無理だけど。一週間くらいなら問題ないと思うよ」
ただ、クロードのご機嫌取るために一回マンガ買いに行かないとなーと言う大輝に美雨は飛びついた。
「ね! あっちに行くんだったら持ってきて欲しいものがあるんだけど」
「え、なに? あんまり大きいものはちょと無理だからね、みゅーちゃん」
久しぶりにみゅーちゃんと呼ばれたなと思いながら美雨は説明する。大輝はすぐに分かったらしく頷いた。
「ああ、あのオルゴールね。あれの中に入れていたんだね。道理で探しても無いと思ったよ」
***
大輝とアルフレドは一度、王城へ戻ることとなった。
報告と相談と、あとは…。
「はあ…気が重たいな。だいぶ怒っていたか?」
「うん。すっげえ怒ってた。あ、オレもロゼに乗せてね」
庭師に謝りに行かなくてはならないそうだ。眉間を押さえて溜息を吐くアルフレドに追い打ちをかける大輝。二人は先ほど、温かい飲み物を飲んでから出発の準備を始めた。
「自分で飛んでいけばいいだろうに」
「大騒ぎになるじゃん」
「ロゼが断らないのをいいことに…」
ぶつぶつ言いながらも準備を終えた二人を玄関まで竜王と美雨は見送りに立った。
「んじゃ、いい報告ができるように祈っててねー」
「ミュウ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けて」
「吹雪はしばらく来ないが、油断はするな」
玄関を開けて大輝が出て行き、残ったアルフレドはしばし立ち止まってから振り返り、竜王を見た。
「ミュウの父上、ミュウをよろしく頼みます」
言われて竜王は面食らった顔をしていたが、表情の乏しい彼にしては珍しく満面の笑みを浮かべた。
「ああ。気を付けて行って来い。わが娘の夫よ」
なんだか恥ずかしいような、くすぐったいような。そんな気持ちで美雨は二人のやりとりを見ていたのだった。
あと数話で終わる予定になります。
次話、美雨のお願いしたもの、なんでしょうね。




