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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
58/81

57 竜王の名と彼女の名

***


 竜王の話を聞いているうちに、外は白み始めていた。赤新月の夜が終わったのだ。

 それでも彼は穏やかに話し続けた。

 

「そして、一旦竜の里に戻った私は、彼女が攫われたのではなく、足を滑らせて崖の下に消えたことを聞いた。上の女の子の魔力はさほど強くなかったが、下の男の子の魔力は凄まじいものだった。いろいろな偶然が重なって、上手く界渡りをしてしまったんだろう」


 あの子は今も界渡りを自由に行えるようだからと、穏やかに微笑む彼の緑色の瞳。その瞳を真っ黒にしたら、その切れ長の瞳は誰かに似ていないだろうか。とても身近な、誰かに。


 美雨は、嫌な予感がした。これは、聞いてはいけない話だったのではないだろうか。


「私は当時、その可能性になど行きつかず、里を飛び出して竜王の座など捨てて世界中を探すこととなったのだが…」


 そこで言葉を切り、何か考えている様子だった。


「人間の娘よ…お前の名前はミュウではなく、美雨と言うのだろう」

「…そうです」

「美しい雨。虹がかかった滝の裏をそう呼んでいた」


 何も言わない娘を、竜王は静かに見つめ、言葉を続けた。


「私の名前はジオハルト。ミサキはずっとハルトと呼んでくれていた」


 美雨は目を伏せた。聞きたくなど、なかった。

 こんな所で、ずっと聞いていなかった母の名前なんて。

 だって、竜王さんは私のことをずっと『人間の娘』と呼んでいたではないか。


 母を置いて消えた、最低最悪な父だとばかり思っていた。


 こんな話は、聞きたくなかった。




***


 白銀の竜が現れたという知らせを王城へ持って行ったアルフレドは、結局戻れず、騎士団の建物に詰めていた。

 美雨のことが気がかりではあったが、竜王と一緒なのだから大丈夫だろうとも思っていた。何故だか、あの竜王は美雨を守ってくれそうな気がしたからだ。ただのカンだろうと言われればそれまでだが。


 朝を迎え、今回の赤新月の夜は何事もなくて良かったと団員たちと話しをしていると、血相を変えた兵士が駆け込んできた。

 第一騎士団―王城内に詰めている騎士だ。


「どうした!? 陛下に何かあったのか?」


 ただならぬ様子にアルフレドが立ち上がると、騎士は息も絶え絶えに背を伸ばし、それでもきちんと敬礼をした。


「アルフレド・フリクセル団長殿! 陛下と、時空の塔の大魔法使い殿がお呼びです!」

「陛下と、ダイキが?」


 陛下ならば分かる。白銀の竜王の処遇についてのお達しだろう。だが、大輝も絡んでくるとなると分からない。アルフレドは首を捻りながらも王宮の奥へと急ぎ向かったのだった。


***


 久しぶりに会った大輝の顔はどことなく生気がなかった。

 珍しいこともあるものだとアルフレドは不審に思うが、それよりも今は竜王の処遇だ。


「陛下、竜王殿の処遇は…」

「もう、遅い」


 国王に問うた言葉は、大輝から返ってきて面食らう。


「姉ちゃんと、竜王を一緒に残したんだろ…」

「ダイキ、落ち着いて。フリクセル団長だって悪気があったわけじゃない」


 クロードが大輝をたしなめる珍しい状況に、アルフレドは自らが何か重大なミスを犯したことを知る。

 早くこの場を退出し、急ぎ我が家へ戻らなくては。


「きっと、あいつはバカだから全部話してしまってる。姉ちゃんの気も知らないで、ずっとずっと呼び続けていたんだからな!」


 不愉快そうにしている大輝を見たことはあるが、こんなに怒っている大輝を見るのは初めてだった。


「あいつは、俺たちの父親だよ! そんで…ええい、面倒くさい!」


 大輝の瞳が深い緑色へと変化していた。その激情を映しているかのように黒くなったり、深い緑色になったりと目まぐるしい。


「ダイキ、落ち着いて。そのうち尻尾も出てしまう」


 大輝より背の低いクロードに背中を擦られ、少し落ち着いたのか大輝の瞳は黒く安定した。

 そして、アルフレドは理解した。自分の犯したミスを。


「すぐに、戻ろう」

「ああ、そうしてやって。姉ちゃん、きっと混乱してるだろうから。殻が割れかねねーよ。オレもすぐ行くから」

「ああ、待っている」


 いつも折り目正しい彼は、クロードに退出のあいさつもせずに部屋から駆け出した。

 王宮内の廊下は無論、走り抜け厳禁だ。それは常日頃から彼が口うるさく言っていることだったが、今は完全に頭から消え去っていた。


 騎士団の詰め所へ戻る時間も惜しく、緊急時にしか行わない方法を選んだ。

 

 庭園を繋ぐ渡り廊下から芝生へと飛び出し、大声で叫ぶ。


「ロゼ! ロゼリオ! 早く来い!!」


 彼の友もまた異常な状態を察知していたのだろう。すぐに上空から現れ、芝生に飛び降りた。

 巨大な穴が四つ空くが気にしない。後で庭師のじいさんのお小言ならたくさん聞いてやる。


 ロゼリオが高く飛び上がり、一気に飛翔を始める。


 早く、早く美雨に会い、彼女を抱きしめてやらないといけない。

 アルフレドの大切な、たった一人の妻は臆病なのに強がりなのだから。


急げアルフレド。


次話、全てを知った彼女はどうするのでしょうか。


***

明日のお昼すぎからまた投稿します。

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