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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
56/81

55 竜と少女のおはなし

***


 辺りを人が越えることのできない秘境―竜王の里と呼ばれる島に、一人の少女がやってきたという噂は閉鎖された島中に広がった。

 

 なんでも、変わった服を着ており、その髪と瞳は闇とは異なる漆黒の色を湛えているという。

 

 どうやら、界渡りの術の歪みに巻き込まれて、こちらの世界に落ちてきたのだろう。というのが竜たちの出した結論だった。それ以外、特に思いつく理由もなかった。


 当時の年老いた竜王に保護されていた少女だったが、ある日逃げ出した。


 元の世界が恋しかったのだろう。残念ながら、界渡りは偶然でしか起こりえないものとされており、帰る術はない。自然の理に従い、ここで一生を静かに終えろと。そんなことを言われて十六歳の少女が納得するわけがなかったのだ。

 

 泣いて日々を暮らすくらい可愛げがあれば良かったのかもしれないが、少女は負けん気の強い性格で『帰れないって思ったらおしまい。帰れると思って道を探す!』と意気込んで年老いた竜王のねぐらを出発したのだ。


 年老いた竜王は元気すぎる彼女に手を焼いていたらしい。出て行ったのならあとは自己責任でー、と知らぬ存ぜぬだった。


 山を越えようとして早々に少女は諦めた。今の高校の制服のセーラー服ではとてもではないが凍死してしまいそうだったからだ。


 何か方法がきっとあるはず。諦めるな、諦めるな…


 そんな少女が出会ったのが、冷たい氷が解けてできた滝壺にのんびりと浸かり、冷水浴を楽しんでいた白銀の竜だった。


「うわあ。キミ、そんなに浸って寒くないの?」

「なんだ? ああ、噂の人間の娘か。私は冷気を操る白銀の竜。これが普通だ」

「ふうん…じゃあさ、あの峰も越えることができるの?」


 あの峰、とは竜の里をグルリと取り囲んでいる天然の要塞のことかと、白銀の竜は目を丸くした。


「なぜ、この島を出るのだ?」

「なぜ? じゃあ逆に聞くけど、キミだってこの島以外の別世界に飛ばされてしまったら、ここに帰ってきたいと思わない?」


 あの時の挑発的な黒い瞳に、その時から惹かれていたのかもしれない。


 何度か少女と会話を重ね、興味を持った。

 彼女がそこまで帰りたいと願う世界はどのようなものなのか。

 自分は、なぜこの竜の里だけの世界に満足していたのか。


 彼女と白銀の竜が共に旅立ったことはごく自然なことだった。


 彼は、彼女が凍えてしまわぬ様に体の周りに結界を張って、背中に乗せて飛び立った。

 一部の魔獣が行う、竜にとっては屈辱的な方法だ。でも、乗せて飛んでみて初めて、彼は人間と契約を交わす魔獣の気持ちが少しわかったような気がした。


 人間は、興味深い。彼女のことをもっともっと知ってみたい。


 竜の島を飛び出して、初めて目にしたのは広い海とどこまでも広がる空だった。上空から見た竜の里のなんと狭いこと。


 白銀の竜は、大きな咆哮を上げて空を翔けた。


 いつもだったら『声を抑えて!』と言う彼女もその日ばかりは笑顔だったのを覚えている。


 それから、三年。ずっと共に世界を旅して回った。

 必要に応じて竜と人間の姿を使い分けた。野宿の日もあった。強い魔力を持つ竜だが、勝てない相手を襲うような魔物はいない。


 最初の一年は、ただやみくもに探し回る彼女を面白半分で見ていた。一喜一憂する彼女の表情が面白くてわざと意地悪を言ったり、からかったりもした。


 次の二年は、だんだん元気を無くす彼女を元気付けたくて、協力を惜しまなくなった。強気な瞳から涙が零れれば拭ってやり、野宿の際は竜の姿で彼女を大切に掻き抱いて外敵から守った。


 最後の三年目、彼は彼女への恋を自覚し、彼女もそれを受け入れてくれた。とても、幸せだった。彼女は頬を赤く上気させて白銀の竜に告げてくれたのだ。


「もう、私には居場所ができたから、帰らなくてもいい」


 そういう彼女の言葉はきっぱりとしていて、白銀の竜は安心した。


 竜族は、誇り高く情が深い生き物だ。一度、つがってしまえば、生涯他の誰とも番うことなどできないし、彼女が帰ってしまったら…そう考えるとぞっとした。


 三年の間ですっかり己は変わってしまった。他人に興味なく、里の噂にも無関心。毎日山裾で冷水浴をしていた彼はもう居なかった。

 彼女を失うことを恐れ、魔物も立ち入れぬ竜の里へと連れ帰った。ここで、どんなに仲間にそしられようと彼女と二人で生きていこうと、そう思っていたのだ。


 帰郷した彼と彼女を出迎えたのは、高齢の竜王と、力の強い竜たちだった。

 人間と番うなど、バカなことを! と罵られた。自分が罵られるのは構わないのだが、彼女を貶めるようなことを言われ、かっとした。思わず爪で一閃しようとしたときに、長老が重たい口を開いたのだ。


「竜は情深い生き物。一度番ったらもう代わりは務まらない。人間は、どんなに竜の気を与えようと器に限界がある。それでも、それでもその者が良いというならば、儂らにはもうどうすることもできんからの」


 竜は情深い生き物だ。勝手に人間と出て行ってしまった里を守るべき強い雄竜を許し、その元凶となった人間すらも受け入れてくれたのだ。


「白銀のこやつに勝てる者はこの里にはもう居ないだろうよ。安穏と生きてきたこの里のものと、外の世界で愛するものを守りながら三年間旅に出ていた者との差は激しい」


 そして、年老いた竜王はその座とその身に宿す大量の魔力を白銀の竜に譲ってくれたのだという。竜王となった白銀の竜の力は増し、人間の彼女に本来ならば育まれるはずのない命すらも授けてしまうほどに影響を及ぼした。



***


 

 竜王が口をつぐみ、部屋に静寂が訪れた。


 ガタ、ガタと外の窓が揺れている。

 赤新月の闇の中、吹雪いているのか。それとも、魔物が蠢いているのかは分からない。


 話をじっと聞いていた美雨は立ち上がる。


「ねえ、竜王さん。冷たいレモネード、入れてあげよっか」

「ああ。頼む。少々、話過ぎたようだ」


 表情の乏しいはずの彼の整った顔は、彼女との出会いから妊娠まで輝くようだった。

 とても、幸せだったのだろうと思った。あんな無気力な緑の瞳がきらきらと輝くようだったから。


 彼は、妻を探していると言っていたのだから、この幸せな生活は終わりを告げるはず。

 それを聞いてもいいものなのか、何故この話を竜王が始めたのか。真意が掴めないまま、美雨はレモンを真っ二つに切った。

 


竜王は何を語るのか。


次話、竜と少女の結末。

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