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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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54 長い夜のはじまり

 竜王は、とっても手がかからなかった。

 美雨が世話をしたのは化膿した箇所の流水洗浄と、傷薬を塗って包帯を巻いただけだった。これは背中なので自分で処理できないので致し方ない。


 お洗濯は自分のものは自分でやると言うし、料理の手伝いも後片付けも完璧だった。

 ますます、アルフレドに似ていると思ったが、美雨には疑問に思っていることがあった。


「ねえ、竜って、人間みたいに生活しているの?」

「いいや。私たちは通常、竜王の里と呼ばれる場所にいる。何人の侵入を拒む高くそびえた山々に囲まれた島だ。そこから好き好んで出る者はほとんどいない」

「人間の姿で暮らしているの?」


 昼食後のお茶を終えて。

 どれが乾いているのか乾いていないのか、慎重に洗濯物を品定めしながら美雨は問いかけた。その乾いた洗濯物を受け止めて、布の山となっているバスケットを抱えた竜王は不思議そうに答えた。


「何故、わざわざそんな面倒くさいことをしなくてはならない? 確かに、細かい作業をする時等は人間の姿を取ることもあるが。大体は竜体のまま過ごしているな」

「そうなんだ。なんか、竜王さんてなんか…表情は乏しいんだけど、すっごく人間臭いなーって」


 人間臭いの発言に何かショックを受けたような顔をした竜王は、そっと自身の腕の匂いを嗅いでいた。違う、そうではない。


「そうじゃなくって、お洗濯もできるし、お料理だってできるし。なんか人間っぽいなって」


 美雨の疑問に竜王はやっと得心がいったようだ。しつこく嗅いでいた自身の腕を下げる。


「そうだろう。私は人間の姿を取るのは得意なんだ。妻は人間だからな」

「そうなんだ。奥さんは人間なんだね」


 ああ、これはポケットの中が湿ってる。これは脇の部分が…そう考えながら、美雨の動きが止まる。


「えーっと…竜である竜王さんの奥さんは、竜だよね」

「通常はそうだな。だが、私の妻は人間だ」

「へー…」


 あれ? 私がおかしいのかな。それとも、この世界では異種族で結婚できるのかな。美雨の頭の中にぐるぐると思考が巡る。そして恐ろしい事実を思い出す。


「む、息子さんがいらっしゃるって言ってませんでした?」

「ああ、いる」

「…そ、そちらの方は竜なんでしょうか?」


 急に敬語になった美雨に不可解そうな表情をするものの、竜王はきちんと教えてくれる。


「いいや。数年前まで卵の殻をかぶっていたが、めでたく殻が割れてな。竜化することができたから、厳密には竜だな」


 どうしよう。よく分からない。

 美雨は頭が痛くなる思いがした。人間が卵を産んだという事実からはどうやっても回避できそうにない。

 とりあえず、数年前まで卵だったけど、ようやく孵化できたってことなのかな…。そう結論づけて、美雨は洗濯物を持ったまま深々とお辞儀した。 


「そ、それは、おめでとうございます」

「どうも、ご親切にありがとうございます」


 竜王と過ごした半日で分かったことがある。

 彼は、人間くさい。それも、日本人くさいのだ。


 昼食の時、両手を合わせて『いただきます』と言った美雨に対して『ああ、そうだった。いただきます』と返し、食べ終わった後は自ら『ごちそうさまでした』と合掌していた。

 今だってほら、洗濯物を畳むために敷物に正座した美雨と対面して、正座で洗濯物を一緒に畳んでいる。

 思えば、玄関でアルフレドと美雨が靴を脱いで上がっていた時だって何も言わずごく自然に靴を脱いでいたではないか。

 

 私や大輝みたいな人がいて、竜王さんは影響を受けたってことなのかなあ…。いろいろと聞きたいことはあるが、もうすぐ夕暮れになる。その前に魔物避けの札を貼らねばならない。


 竜王も一緒に外に出て貼り付けを手伝ってくれるという。美雨はなんだか不安しか感じなかったが、断るのも悪い気がして一緒に外に出た。


 きちんと戸締りをした後。玄関から出て、ぐるりと建物を回って順次貼り付け、最後に玄関の戸に貼り終えた後に室内へ戻れば陣が張られ、魔物が入れなくなる。ただし、内側から開けて招き入れてしまったりした場合には、効果は無効となってしまうのだ。したがって、アルフレドが途中で帰ってきてしまうと札の貼り直し作業からになる。


 最後の札を貼り、竜王と共に中に入ると前回に陣を張った時とは違って『バチッ!』と電気のような音が聞こえて美雨は首を竦めた。


「え、なに今の音…ちゃんと張れたのかな」

「大丈夫だ。少々脆弱だったので私が力を足しておいた」

 

 事もなげに言い放つ竜王に若干呆れたが、自身もこの中に入っているのだ。危険のあるようなことはしないだろうと諦めた。もう一度札を貼り直すには時間がない。赤新月の昼は短く、夜は長いのだ。


 夕方四時前ですでに外は真っ暗だった。何か不測の事態があっても備えられるよう、赤新月の日は寝ないで過ごす大人は多い。それほど、魔物の力が増す恐ろしい夜なのだ。

 精霊の力も女神の力も衰える夜。暖炉もいつもより薪をくべているのに燃える力が弱くなる。そして、外には濃厚な闇の気配が満ちるのだ。


「簡単に夕食を取ったら、のんびりしよっか。夜は長いから」


 アルフレドももう帰ってはこれないだろう。それに、ここまで暗くなってしまった以上、もう戻ってこない方が良い。彼は魔力保有者なのだから、力を得た魔物が喜んで襲い掛かってくる。

 前回の赤新月の時だって騎士団に詰めておかなければならない所を美雨の為に自宅待機にしてくれていたのだ。一人で乗り切れる術だって覚えていかなくてはならない。


 竜王にはドレッシング無しのサラダとパン、美雨はパンに塩着け肉と野菜を挟んだ簡単なもので済ました。


「人間の娘。私が見張りをしているから、そなたは布団でも持ってきてここで眠るといい」


 暖かな暖炉の前を示されるが、美雨は首を横に振った。

 竜王の力を信じないわけではない。単純に、この状況下で眠れるような神経を持ち合わせてはいないだけだ。


 結局、皿を洗ってしまえば何もすることがなくなったので、裁縫箱を暖炉の前に持ってくる。

 ロゼリオのクッションは、直しても直しても次々に破けてしまうのでやることはたくさんあるのだ。


 そんな美雨を見て、竜王はゆっくりと口を開いた。


「私の妻が人間で、不思議か?」

「え、うーん。まあ不思議だけど。人それぞれだもんね。あ、竜それぞれ、かな?」


 針に糸を通しながら答えると、竜王は面白そうに笑った。


「同族にも、バカなことをと止められたが…そなたは変わっているな」

「…それ、アルフにもよく言われる」


 頬を膨らました美雨に竜王は目を細めて、何かを考えているようだった。

 しばし沈黙が落ちる。美雨は特に気にしないでクッションを黙々と繕っていった。

 裂け目がひどすぎる箇所は作り溜めているアップリケを貼る。ライオンの模様がロゼリオはお気に入りだ。


「なあ、人間の娘よ。少し、物語に付き合ってはくれないだろうか」


 美雨が顔を上げる。人間のものではない、整った青年は優しい緑色の瞳でこちらをじっと見据えていた。


「夜は長いのだから、好きなだけどうぞ」


 その返事に、竜王は頷いてゆっくりと口を開くのだった。

美雨作ライオンのアップリケ初出動の際は、ロゼリオが大喜びして大変だったそうです。


次話、放浪の竜は何を語るのか。

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