49 お風呂は一日一回
「行ってらっしゃい、アルフ」
「ああ、行ってくる。ミュウも気を付けて、あまり出歩かないように」
『ミュウ、いいこにしてろ』
「ふふ、ロゼもいい子にね」
アルフレドには、いってらっしゃいのキスを。ロゼリオにはふわふわの羽毛の頭をひと撫でしてやる。
ロゼリオがその大きな翼を上下させると、降り積もっている雪が風に舞ってとても美しいが、ものすごく寒い。美雨はマフラーに顔を半分以上隠した状態で、段々と遠くなっていく夫とその友に手を振り続けた。
「今日も寒いなあ。朝だけど、することもないし…雪かきしたらお風呂に入っちゃおうかな」
仕事に出た一人と一匹の姿が見えなくなるまで見送ってから、鼻と頬を真っ赤にした美雨はそそくさと家に戻った。
『一日一回はお風呂に入りたい』
その言葉をアルフレドはきちんと覚えていたらしい。そして、美雨が来るまでのひと月前から少しづつ、少しづつ、改良を重ねて室内にもともとあった、洗濯干し場に作っていっていた。美雨がこちらに来てからは格段にそのスピードが上がり、本格的な冬が来る前にレンガ作りのお風呂が完成したのだった。
お湯は、魔石があればどうにでもなったが、換気が大変だった。元々、部屋の上部に小さな窓があったのでそこを開けることで今は換気をしているが、それでは不十分だったので洗濯物はリビングに紐を通して干してある。暖炉で乾燥しがちな室内にはちょうど良い。ただ、来客があった時がバタバタしてしまうのが難点だが。
洗濯だって、溜まった残り湯を使ってやるから随分楽になった。その後浴槽の掃除もついでにやってしまって、なかなか便利だ。
改良点は多々あるものの、美雨は満足だった。何より、アルフレドがきちんと覚えていてくれて設置することを決めていたのが嬉しかった。セメントのような接着材に二人で汚れながら作業するのもなかなか楽しかった。
この豪雪の間、ほとんど何もすることができなくなる。雪かきはアルフレドが在宅の時にはやってくれるが、居ない時には細心の注意を払って美雨がしていた。雪なんて年に一度積もらない程度に降るだけだった美雨にとって慣れない仕事だったが、一日に何回もやっていれば嫌でもなれるというものだった。
食材も保存食にしてたくさん蓄えてある。
大輝の提供してくれた冷蔵庫に入りきらなかったが、倉庫が天然の冷蔵庫・冷凍庫状態なので特に不便は感じなかった。冷蔵庫の開発が遅れるはずだと、美雨は思ったものだった。
結婚した日から、もう二か月が経過していた。
夜になると空に浮かぶ三つの月にも見慣れたし、魔石を埋め込まれたキッチンだってもう問題なく使える。湖畔の反対側に住むご家族と仲良くなったり、魚を釣って捌く練習もした。
庭に関しては、豪雪の後も元気な姿を見せてくれるハーブ類を植えてある。雪が解けたら花も野菜も挑戦したいなと思っている。
とりあえず、雪を屋根から降ろしてからのんびりとお風呂に入ろう。そう思って支度をし、道具を持って屋根へ上り、あらかた下ろした時だった。
ふわふわと少しだけ舞う雪に交じって何かが空を飛んでいるのが見えた。
「…アルフ?」
白い体に白い羽根、太くて長い尾。よく目を凝らすとロゼリオとは全く違う。第二騎士団に属する滑空のみできるワイバーンによく似ていると思った。ほんの気持ち程度に差し込んでいる日の光に反射して体がキラキラと光っている。
「でも、ワイバーンでもないよね。大きすぎるもん」
滑空ではなくて、確実に空を飛行しているように見受ける。第二騎士団に属する空を飛ぶことができる魔獣は五騎。そのうち、王都に駐在しているのは三騎。ロゼリオと、ジーク、副団長の魔獣レミーだけだ。あとの二騎には残念ながらまだ会ったことがない。
その生き物は苦しみながら蛇行して飛んでいるように見える。
そしてそのまま、こちらのほうへと向かってきているようにも。
「あ。落ちた…」
その生き物は、家から乗合馬車が通る道へ行く途中の白樺の林に墜落した。木の折れる嫌な音が遠くから聞こえてきた。
散々悩んだが、もし、第二騎士団所属の美雨が知らない魔獣の二騎の内どちらかで、ここに団長であるアルフレドがいると思って飛んで来たのだったら大変だと判断した。
怪我をしているようだったし、美雨には確実に運べない大きさだったので籠の中に、今日焼いたばかりの平たいパン、先ほど焼いていて、昼に食べようと思っていたベーコン、水筒には温かい味噌汁を入れて、応急処置用の道具を入れる。
人が乗っているようには見えなかったが、アルフレドが大けがを負った際、ロゼリオは意識のない彼を背中に乗せて運んだというから見えないだけでいるかもしれない。
美雨は防寒対策をし、籠の上に大きなブランケットを被せて家をきちんと施錠して、一人出たのだった。
お風呂はまだまだ改善点がありますが、とりあえず、美雨の日課は守られております。
次話、落ちてきたのは何でしょうか。