5 お裁縫とお料理とお風呂
「ねぇ、アルフ。簡単で良かったらお洋服作るから、出来上がったらお風呂に入らない?」
「それは正直とても有り難いが、貴女にそこまでしてもらうわけには……」
「私ね、お風呂には必ず一日一回は入りたいの」
「ミュウ」
「そしてね、一緒に暮らす人にも一日一回はお風呂に入ってもらいたいです」
「……分かった。よろしく頼む」
美雨の笑顔になぜだか威圧感を感じ、誇り高き第二騎士団団長殿はここは逆らうべきではないなと判断した。
「よーし、じゃあちょっと待ってね」
美雨は立ち上がり、クローゼットを開く。その中から男性用の服にしてもおかしくなさそうな生地を探す。
結局、彼女のお眼鏡にかなったのは白と黒のストライプのシャツ、それとストレッチ素材のデニムだ。まだ着れるけど、シャツは袖にシミがついているし、デニムは若い頃着ていたものでもうこのデザインはちょっと着れないものだ。
その二着を床に広げて裁縫箱から取り出した大きなハサミでジョキジョキと解体していく。
「ああ、本当にいいのか?上等なものに見えるが」
テーブルの上から心配そうな声が聞こえるが美雨は頓着せずに勢いよく解体していき、ボタンとファスナーも取り去って、布地の材料に戻した。
「昔ね、お母さんがこうやって服を解体して、新しい服を作ってくれたんだ」
「器用な母上だな」
「そう。物を大切にする、優しい人だった」
「……そうか。素敵な女性だな」
小さな騎士はそれ以上は何も聞かず、大きな女性の小さな服作りを見守った。
***
「じゃーん! なんとかできたよ。ちょっと不恰好だけど、着れると思う」
昼の12時を少し回った頃に小さなデニムのズボンが完成した。
さすがに小さなファスナーとかはないのでゴム製なのだが、それでもなかなか立派にできたと思う。
「すごいな。ミュウは針子をしているのか?」
手早い作業に、的確な仕事。アルフレドは渡されたズボンを持って感嘆する。
「針子? ううん。縫い物とか、ビーズアクセとかそういう小物を作るのが好きなだけだよ。これくらいしかできないから仕事にはできないかな」
「すごいな。これだけ完璧に作れているのにそれでも仕事にならないのか」
目覚めてから半日しか過ごしていないが、この世界は元々居た世界よりも少し違う進化をしていることは感じられた。
「あ。もう十二時回ってる。お腹空いたでしょ? 朝ごはんも食べてなかったし……病み上がりだもんね。まだ食欲は無いかな」
「気を使って頂いてありがとう。朝よりはずっと食欲が出てきた」
「それなら良かった! 薬ももう一度塗り直したいし、絆創膏も貼り換えないとヤバそうだからご飯食べたらお風呂にしなよ」
「…そうだな。1日1回は風呂に入らないといけないんだったな」
今朝のやりとりを思い出し、笑いを噛み殺すアルフレドに美雨も笑顔になる。
「そうだよー!自分で入らないと、この巨人さまが無理やりごしごし洗っちゃうんだから」
「それは恐ろしいな。また服を剥ぎ取られたらさすがに男の名折れだな」
「もう。そのことはもう忘れてよ」
美雨は笑いながら立ち上がり、広げたままの裁縫セットを片づける。
「お昼は何食べる? うーん、まだ胃も弱ってそうだし……うどんでいいかな」
「ウドン?」
「そう。うどん。おいしくて消化にいいんだよ」
「興味深いな。良かったら調理する所を見させてはもらえないだろうか」
そのまま台所へ行こうとしていた美雨は足を止めた。
「別にいいけど……冷凍うどんを湯がくだけなんだけどな」
料理とか言うほどでもないのにと言いながらも簡易ベッドの藤籠をそっとアルフレドに傾けた。
「傷口もまだ痛むでしょ?ここに乗ってて」
「ミュウ、ありがとう」
気遣いに礼を述べ、藤籠へと座り縁をしっかりとアルフレドは掴んだ。それをなるべく揺れないように持ち上げて、美雨は台所へ行く。
狭い1Kのキッチンには藤籠を置くほどのスペースはもちろん無い。
冷蔵庫の上に載った電子レンジの上くらいしか置く場所は無かったので、自然とそこに置こうとして美雨は顔をしかめた。
「ちょっと待ってね。ホコリが溜まってる」
一旦、お風呂場の出入り口に藤籠をそっと降ろしてホコリを拭った。問題なさそうだったので、改めて藤籠をそっとそこに設置した。
「ここはいい眺めだな」
「ふふ。高い場所だから台所が全部見えるでしょ」
言いながら水を入れた鍋を火にかける。
「オレの知っている調理器具とは大分違うな」
「コンロは無いの?」
「似たようなものはあるが……魔力がある程度ないと使用できない」
「え、じゃあ魔力の無い人はどうするの」
「火を起こして調理する」
「あ。そこは万国共通なんだね」
お湯を沸騰させている間に冷凍庫からうどんを取り出す。カチカチに凍ったうどんを見てアルフレドは驚きの声を上げた。
「この箱の中には、凍ったものを入れていても溶けないのか!」
「そうだよ。冷凍庫だから凍ったものは溶けないし、逆に凍らせることだってできるよ」
少し考えたけど、うどんは一食分使うことにした。どう考えてもアルフレドには半分だって多すぎるだろう。ただでさえ食欲も落ちているのだから。
残りのうどんを冷凍庫に仕舞おうとして、興味津々のアルフレドに気付いて聞いてみる。
「中、見る?」
「いいのか」
「大丈夫だよ。アイスと氷とうどんと、少しのお肉くらいしか入ってないけど」
アルフレドの藤籠を抱えて冷凍庫の扉を開ける。冷凍庫内部から流れてくる冷気が少し肌寒く、確実に秋が近づいているなと感じる。
「陣も何も無いのか」
「陣?」
「これは何の魔法だ?」
「魔法じゃないよ。これは電気で動いてるの」
「電気とは?」
「ええーと……なんていえばいいんだろう。雷の仲間?」
「あんな激しい力を使用しているのか!」
違う。たぶん、アルフレドの思っている雷と電気はだいぶ違う。
説明下手でごめんと美雨は思ったが、うまく説明できる気もしない。
「ええっと、雷のよわーい、よわーい? 感じかな。瞬間的じゃなくて持続する力ね。それを作って流しているの」
そこまで説明した所でお湯が沸騰してきたので、冷凍庫を閉めて藤籠をまた頭上へ置く。
「アルフは卵は食べれる?」
「ああ。卵は好きだが…何の卵だ?」
「鶏っていう二本足の鳥だよ。コケッコッコーって鳴く」
うどんをお湯に入れて、今度は冷蔵庫を開いて卵と青ネギを取り出す。
青ネギはキッチンバサミでそのまま細かく切ってしまう。
「……アルフ? なんで笑ってるの」
声を殺して笑っていたアルフレドに気づき、卵を割ろうとしていた手を止めた。
「何の卵だと聞いたのにニワトリの鳴き声まで教えてくれるとは、思わなかっ……くっ、ははは!」
とうとう我慢できなくなった様で声に出して笑い出したアルフレド。
「だ、だって!どんな生き物の卵か分からないで食べるのって嫌じゃない!?」
食べてから、これはこんな変な生き物の卵でした! とか言われたら私は嫌だもんと美雨が言うと、アルフレドはようやく笑いを噛み殺した。
「そう、だな。はは、ミュウ、ありがとう」
小さな顔いっぱいに広がった笑みに、なんだか気恥ずかしさを覚えて。美雨は卵を割ることに集中することにした。
***
「この“ウドン”はすごく美味しいな」
「冷凍うどんだけどね。でも食欲が出たみたいで良かった」
家の中でも一番小さな鉢にうどんを入れたのだけれど。アルフレドからしたらバケツ一杯のうどんのような状態になってしまった。ちなみに入っている麺は1本分を小さくカットしたものだ。
「このスープが美味しいな。あっさりしているのに味わい深い」
ううう。それもインスタントスープなんだけどと、美雨は悶々とする。
「私は食べ終わったから、お湯と石鹸を用意するしてくるね。入れそう?」
「ありがとう。助かる」
美雨は立ち上がり、空になった食器を持ってキッチンの方へと消え、残った彼は大きな椀に苦戦しながらもスープを飲み干した。
大きくて優しい彼女には本当に感謝してもし足りない。
自分が元の大きさであればこんなにも手間はかけさせなかったのにと思う一方で、元の自分だったら彼女に拾われることはなかっただろう。
そして、元居た世界とは全然違うこの異界で間違いなく、野垂れ死にをしていたのだろうと思うと複雑な気持ちである。
小さくなってしまい、愛剣も自身の魔獣も失ってしまったがそれでも生きている。
生きていれば、また帰る方法もあるだろう。
「アルフ、お待たせ」
扉が開き、柔らかなウェーブのかかった茶色い髪の毛を揺らしながら美雨が戻ってきた。両手には浅く湯を張った洗面器を持っている。
「えーっと……。私はあっち向いてるから。どうぞ」
洗面器をテーブルに置いてその隣に小さなハンドタオルと、小さくカットした石鹸を置く。
「うーんと……シャンプーはどうしよう」
「これだけあれば十分だ。ありがとう」
「そう? じゃあ私あっち向いてるね。あ! 上着を着る前に教えてね。怪我の手当と、背中の大きな傷は絆創膏貼り換えるから」
「この背中のは取ってはいけないのか?」
「お風呂の間は痛むだろうからそのままで、着替える前に私に見せて。自分じゃ背中は見えないでしょう? どうするか判断するから」
「分かった」
そう言ってさっさと上着を脱ぎ始めたアルフレドに美雨は慌てて反対を向く。
「もう。脱ぐなら言ってよ!」
「一度脱がしているくせに」
「もう! しつこい!!」
本当に、遠慮がちで優しいくせに時々いじわるなんだからと思いながら、時間を潰すべくスマホを開いた。
アルフレドは美雨の両手で包み込むと肩と頭がはみ出るようなサイズ感となっております。