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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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48 女神の祝福の音

 先ほどの手続きを行う建物に戻るとばかり思っていたが、そこよりさらに奥の方へとアルフレドは美雨の手を引いて進んでいく。


 白いバラが咲き乱れる庭園の中に小さな教会のような建物が見えてきて美雨は目を瞬かせた。美雨が知っている教会より随分小さい。


「ここで、書類を提出するんだ」

「え、でも…これって私たち二人は入れないよね。私だけでも厳しいかも…」


 自分より身長が高く、細身だがしっかりと筋肉も付いている彼が入れるようにはとても見えない建物だった。


 美雨が屈めば、なんとか入れるくらいの建物なのだが、扉は美雨の首元くらいまでしかない。小さな小屋に縦長の塔が付いており、その上部は吹き抜けになっていて大きな鐘がぶら下がっているのが見えた。


「入る必要はない。ミュウの世界の教会とは違うのか」

「うん。私はクリスチャンじゃないけど、教会の中に入って、祈りとか、牧師さまのお話とか、懺悔とかするんじゃなかったかな」

「ほう。教会に神官がいるのか。ネスレディアでは大きな神殿がひとつある。そこで簡単な闇の祓いを行ったり、祈りを捧げたりするな」


 祈りを捧げられる神殿は一つだけしかないそうで、こういう小さい教会は各地の手続き所の近くにあるそうだ。


「やってみる方が早いな。ミュウ、おいで」


 アルフレドが大きく手を広げて美雨を呼ぶ。辺りに人目がないことをささっと確認してから美雨はアルフレドの腕の中に納まった。くるり、と向きを変えられて後ろ向きに抱きかかえられるような恰好になる。


「ミュウ、一緒にこれを持ってほしい」


 アルフレドに促されるまま、書類に手を添える。アルフレドは心なしか緊張しているようにも見えた。 

 美雨の首元までしかない扉をゆっくりとアルフレドは開いた。


 そこの中は予想通りとても狭く、中央に銀色の台座が鎮座していた。


「女神よ、我らの婚姻に許可と、そしてご祝福を…」


 アルフレドの声は少し震えていて、美雨もつられて緊張してくる。書類を持つ手が少し震えたのに気付いたのだろう。後ろからアルフレドが励ますようにぎゅっと一回抱きしめてくれる。


 そして、ゆっくりと書類を差出して銀の台座に乗せると、ほどなくして銀の台座は白く光りはじめ、書類が燃え上がった。


 美雨は慌てたが、アルフレドは無言のままゆっくりと扉を閉め、小さな教会の上部の鐘をじっと見つめる。美雨も不安な思いで、同じように腕の中から首を上に向けて見守る。


 鐘を見つめてほんの数秒のことだった。風も吹いていないのにゆっくりと鐘が揺れ、リンゴーン、と音を鳴らし始めた。その音は王城の一画に響き渡る大きな音色だ。


「良かった。無事に届いたようだな」


 アルフレドはほっと息を吐きだし、美雨を強く抱きしめていた腕の力を弱めた。首を捻って見上げたその表情にはもう緊張の色はない。


「書類、燃えちゃったけど、良かったの?」

「ああ。書類が燃えると、女神への提出となる。鐘の音をもって祝福が与えられると言われている」


 あの小さな教会の中で何が起きているかは不明だが、確かに奇跡はあるようだ。こんな儀式があるなら、結婚式はおまけ扱いになるのも当然だと美雨は納得した。 


 政略結婚だったり、お互いに気持ちのない状態だと書類は燃え上がるが、鐘は鳴らないことが多いそうだ。燃え上がれば受理と見なされるが、やはり鐘が鳴った方がいい。そう聞いて美雨は理解した。力の緩んだ腕の中で、くるりと向きを変えてアルフレドの菫色の瞳を見つめる。


「ふふ、アルフは鐘が鳴るか、心配してたの?」

「…大丈夫という自信はあったが、いざやってみるとなると怖いものだな」


 美雨のからかいを含んだ眼差しにアルフレドは困ったように微笑んだ。

 彼女の気持ちを疑ったのではない。異世界から来た美雨を女神が受け入れ、祝福をくれるかとても心配だったのだ。 


「鐘が鳴っても、鳴らなくても。私がアルフを愛してる気持ちはずっと変わらないよ。だって、こんな所まで追いかけてきちゃうくらい、大好きなんだもの」

「…ミュウ。改めて誓う。必ず幸せにすると。ずっと貴女の近くにいると」

「うん。私も誓うよ。ずっと、アルフの近くにいるね」


 頷いた美雨に、少し背を屈めてアルフレドは、優しい口付けをひとつ落とした。


***


 王城を出る際に、門の騎士二人に祝いの言葉を頂いた。

 風に乗ってここまで鐘の音は響いてきたようだ。少し気恥ずかしい気もしたが、無事に済ませてほっとしたことと、本当に奥さんになったのだと不思議な気がした。


「乗合馬車に乗って帰る前に、食材の買い出しをしておこう」

「うん。あ、私ね、アルフ。通貨について教えて欲しいんだけど」


 美雨の申し出にアルフレドは快く頷いた。美雨にはたくさん学ばないといけないことがある。一気に覚えられるほど器用な人間じゃないのは自分がよく分かっている。ひとつづつ、できることを増やしていけばいいのだ。


 露店で肉まんのようなものを四個購入し、アルフレドと美雨は噴水広場のベンチに座った。


「なにこれ、おいしい。肉まんみたいだけど…皮はジャガイモなのかな」

「ああ、内側は塩漬け肉と野菜を細かく切ったもので、外側はミュウが言う所の潰したジャガイモで包んで、蒸してある」


 もちもちとしていて、とても美味しい。ぺろりと食べた所でアルフレドが皮袋から硬貨を取り出す。


「ミュウの国の通貨に換算すると、この青の硬貨が一円、白の硬貨は大きいのと小さいのがあるが、小さいほうが十円、大きいほうが百円、銀の硬貨が千円。今は持ってきていないが金の硬貨が一万円だな。単位はクオーレという」

「五円玉は無いんだね。紙幣も無いの?」

「こちらには、あんなに精緻な印刷技術はない。硬貨だけになるな」


 硬貨だけだと重たくて嵩張るが、仕方ないのだと言う。


「さっき買ったクロプという食べ物は、白大で四個買っておつりがくる」

「そうなんだ。物価がまだよく分からないけど、日本より安そうだね。あんまり持ち歩かないようにしなきゃ」


 ボリュームと大きさから、百円くらいかなと思っていたが、百円で四つ買えておつりがくるとは驚きだった。慣れない人間が持ちすぎるのが一番怖い。本人認証のかかってる湖畔の家に保管しておくのが一番だと思えた。


 ちなみに製紙技術は大輝が伝えてたそうだ。盛んに製紙があちこちで行われ、だいぶ薄い紙やおしゃれな紙ができており、ネスレディア王国を代表する産業にまでなってきつつあるのだという。ただ、ネスレディア以外だとあまり普及しておらず高価な為、木の板や石版に書きつける方法をが一般的だそうだ。


 腹ごしらえも済んだ二人は、仲良く立ち上がり、あれこれと市場を巡りながら帰路についた。


 来るときには恋人同士だったが、帰る時は夫婦となっている。なんだか嬉しいような、恥ずかしいようなそんな気持ちで美雨はしっかりとアルフレドの手を握りしめたのだった。

ちなみに、燃えない場合はほとんどありませんが、不受理となるそうです。


次話、少し時間が飛びます。

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