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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
大きくなった騎士と彼女とその家族のおはなし
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47 貴女の名前

 騎士団の建物は手続きを行う場所よりももう少し奥にあった。宿舎もあるようで人の行き来は多い。

 男ばかりの中、美雨は本当に私が入っても良かったのかと身を小さくしている。

 何故だか、やたら笑顔で見られるのだ。

 一緒に見られているアルフレドはどこ吹く風だ。


 三階まで建物を上る。あちこち吹き抜けが作られていたり、大きな窓が多いのが目立つ建物で、第二騎士団が空を翔ける魔獣の所属する騎士団というのが垣間見える作りだ。


 アルフレドは一室の前で足を止めて手をかざすと「カチリ」と音がして扉が開く。ここでも同じシステムを運用しているようだ。


 促されて中へ入ると、クロードの執務室とは違い、応接セットはなかった。あちらはこじんまりとはしているが高そうな内装だった。やはり国王の執務室ということだろう。

 こちらは実用的、機能的に使用されているように感じる。部屋の奥に執務机が置かれ、その机後ろの壁には翼を模したマークの紺色の旗が飾られている。第二騎士団の旗だろう。


 本来はそこそこ広いようだが、あちこちに資料や鞍、鎧が積み重なりだいぶ手狭に見えた。

 アルフレドは机へとスタスタと歩き、引出しから一枚の紙を取り出した。


「ミュウ、こちらへ来てくれないか」


 言われるままアルフレドの元へと歩み寄り、書面を覗き込むと…。


「うーん…やっぱり文字は読めないなあ。あ、でもアルフレドとフリクセルは読めるよ」


 以前、アルフレドに文字を教えていた際に美雨の名前を書けるアルフレドに負けじと、美雨も彼のフルネームだけは書けるようになっていたのだ。


「これは、アルフの文字でしょう?」


 書面の右下を指すとアルフレドは頷いた。几帳面だがハキハキと引かれた文字。美しいのかどうなのかまでは美雨には分からないが、彼らしい形だなぁと思う。


「ここの、左側が私が書くところ?」

「そうだ。フルネームで書いてもらえばいい」

「でも、私こちらの文字はまだ…」


 言いよどむ美雨にアルフレドは笑った。


「ミュウの名前を書くんだよ。高島美雨、それが貴女の名前だろう」

「えっ、漢字でいいの? でも、手続きの人は読めるかなあ」

「それはまた、出してみてのお楽しみだな」


 多少、不安に思いつつも美雨はアルフレドに指定された場所にフルネームで名前を記入する。もちろん漢字だ。異世界の公的文書に書くなんてなんだか不思議な気分だった。


「ちなみに、この上に記入してある箇所は“ダイキ・タカシマ”と“クロード・ル・ネスレディア”と書かれている」

「えええ! 王様! じゃなくって、ええと、陛下がなんで」

「美雨がこちらへ転移する日が、ちょうどクロード陛下為政八年目の式典があった日でな」


 アルフレドはなんだか疲れたような表情で話してくれる。


「大輝と前日に打ち合わせをしていたら、陛下がやってこられてこの書類を渡されたんだ。既にその時には書面に陛下のサインがなされていてな。それを見た大輝も面白がって記入した」

「そ、そうだったんだ」


 『フリクセル団長、おめでとうございます。絶対に逃がさないように』と、いう言葉も頂いたことは伏せておく。陛下は少し、大輝に執着されすぎているとアルフレドは溜息を吐いたものだ。姉である美雨が万が一この国を出たり、最悪元の世界に帰るようなことになれば大輝も去ってしまうと考えているのだ。

 そんな少年王に大輝はいつも通り苦笑いをして、頭に手をポンと置き、『お前さー、アルフレドに失礼だろ』と苦言を呈してから『面白そうだし、オレも書いとこーっと』と記入した。


 そのような脅しをされずとも、美雨を手放すことはないし、もう逃がしもしないのに。


「アルフ? はい、羽根ペンをありがとう」

「ああ、すまない。ちょっと考え事をしてしまっていた」


 美雨の声に現実に引き戻され、羽根ペンを受け取る。


「式が後になってしまって申し訳ないのだが、これから雪が積もる。春になったら式を挙げようと思っているのだが、良いだろうか」

「ううん、全然大丈夫だよ。私ね、こちらの世界では結婚式はしないのかと思ってた」

「あるにはある。まあ、あまり式自体に意味はないが、オレはミュウに白いドレスを着てもらいたい」


 書類をしっかりと持ち、アルフレドは羽根ペンを元の場所へと戻し、外に出る。美雨も後に続き、アルフレドが扉に手をかけて「カチリ」と閉まる音を聞いた。

 陛下直々のサインの婚姻届けだからこんな厳重に保管していたのかと今更ながら納得する。

 美雨は忘れがちだが、大輝も騎士団団長のサインも入っている超重要書類である。


「団長! お疲れさまです!」

 

 少し離れた場所から声をかけられ、美雨はきょろきょろと廊下を見渡す。

 落ち着いた、低めの女性の声だったが、廊下には誰もおらず、首をかしげる。


「ソフィア、哨戒帰りか。お疲れ様」

「はい。団長は今から届けを出しに行かれる所で?」


 アルフレドは吹き抜けの上を見上げて大きな声で返事をしていた。

 美雨もつられて上空を見上げて歓声を上げた。


「わぁ! 綺麗な生きもの…」


 上空に滞空していた魔獣は大きく翼を上下させ、一旦姿を消す。


「こんにちは、奥様」


 近くから声がして美雨が慌てて振り返ると、廊下の窓から巨大な白虎が覗いていた。その背中からは輝くような白い翼が生えている。そして、その魔獣に騎乗している紫紺の髪の毛を高いポニーテールにくくった美しい女性。美雨に向かってニコリと笑顔を浮かべた後に優雅に礼をする。


「第二騎士団所属、ソフィア・ヴェーリンと申します」

「こんにちは、ええと、美雨と申します」


 美雨はなんだかたじたじとなってしまい、同じようにぺこりと礼をする。 


「ジーク、お前また少し太ったんじゃないか?」


 アルフの言葉にパシッ、パシッと壁を叩くような音が聞こえた。白虎の尾が不機嫌そうに壁を打ち鳴らしたのだ。


「そうなんですよ。砂糖菓子はやらないように隠しているんですが、いつの間にか戸棚から食べちゃってて」

「なんだ、まだ同じ屋内に生活しているのか? 住み分けしないとお互いに辛いぞ」

「でも、ちっちゃな頃から一緒にいるものですから、なんだかかわいそうで」


 白獅子は不機嫌そうにガルル、とのどの奥から声を出している。


「今から書類を捧げに行かれるのですか?」

「そうだ。明日まで非番になったのだが、聞いているか?」

「はい。レオナール副団長がっ…フフフ」


 レオナール副団長は先ほどから何をしているのだとアルフレドは軽く頭痛を覚える。

 ソフィアは手綱を引き上げ、失礼しますと去って行った。


「白虎の魔獣もいるんだね」

「ああ。あれは数少ない空を飛べる魔獣なのだが、人語を理解はできるのだが話すことができない」


 確かに、ぐるると鳴いていただけだったと美雨は思う。


 アルフレドはポケットから懐中時計を取り出し、チラリと目を走らせる。


「そろそろ時間だな。戻ろう、ミュウ」


 二人は第二騎士団の建物を後にした。


***


「団長! フリクセル団長! ソフィア、団長が来られたと聞いたが…!」

「団長なら、先ほど出ていかれましたよ」

「ああー! オレも! 奥さまとお話したかったあああ!!!」

「副団長、うるさいです。」 


 入れ違いで第二騎士団の建物に走りこんできた副団長の叫びが響きわたったのはまた別のお話。


かわいそうな、レオナール。


次話、式より大切な書類提出です。

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