46 乗合馬車と彼の肩
今日の彼は非番なので騎士服は着ておらず、シンプルな紺色のシャツに白いボトム。そこに騎士の剣で帯剣している。着る人をかなり選びそうなコーディネートだが、アルフレドには文句なしに似合っている。
スタイルと顔のいい人は、例えばデニムにTシャツだけでも十分恰好いいのだから、本当にずるいと美雨は思う。
街から少し離れた湖畔にある、ふたりの家から王城へ行くには五分ほど白樺の並木を抜けて大きな道へと出る。そこには時刻通りに巡回している乗合馬車が通り、手を上げて乗ることを伝えると止めて乗せてくれるのだ。
バスみたいな交通システムが存在するんだなと思ったが、アルフレドのように空を自由に翔ける魔獣に乗れたり、馬に乗れるわけではないから当然と言えば当然だ。
馬車には、美雨たちのほかにも何人か乗っていた。あごひげを蓄えた茶色のスーツを着た商人風の男性。小さな男の子を連れた母親は、馬車にはしゃぐ我が子にしーっと小声で繰り返し注意をしていて微笑ましい。大きな籠を抱えた年老いた夫人は街に買い出しにでも行くのだろうか。
ガタガタと馬車は揺れて、美雨が眠気を誘われ始めると隣に座っていたアルフレドが美雨の頭を自分の肩に引き寄せ、小声で美雨に囁いた。
「昨晩はあまり寝ていないだろう? まだ少しかかる。ゆっくりおやすみ、ミュウ」
なんだか恥ずかしい言葉が聞こえたような気がするが、聞こえなかったことにして美雨は頷き、ゆっくりと瞳を閉じた。心地よい上下の揺れとアルフレドの体温がゆっくりと染み渡ってきて、眠りに落ちるのはあっという間だった。
***
人が動く気配がして美雨は目を開いた。少し微睡んでいる間に馬車の中には人が増えており、先ほどの商人と親子連れはもういなくなっていた。
「ああ、起きたか。ここでちょうど降りる」
王城前ということで降りる人が多いのだろう。次々と下車していく人の気配を感じて目を覚ましたのだ。
「大人一人五十クオーレです」
「これで頼む」
アルフレドは茶色の革製の袋から白い硬貨を取り出して渡す。美雨はアルフレドに礼を述べ、気にするなと返された。
通貨なども学ばなくては。やることは山積みだ。
「さあ、ミュウ。降りよう、王城入口だ」
先にステップを下りたアルフレドが優しく手を伸ばし、美雨をエスコートする。
なんだか気恥ずかしくて、その手を取った美雨は一息でステップを下りた。
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「わー、下から見ると本当に大きいんだね」
「そうか。ミュウは上空からしか見ていないからか。ふふ、陛下の執務室に入ったことがあるのに外からは見たことがないというのも、おもしろい」
馬車の人たちは騎士の顔なんて覚えていないのだろう。馬車の中でも特に視線を感じることはなかったが、巨大な城門入口に立つ騎士二人はさすがに気付いたらしい。背筋をただし、敬礼をアルフレドに向ける。
「ご苦労さま。ただ、オレは今日は非番だ。そんなに肩肘張る必要はない」
アルフレドの言葉に二人は手を下ろす。
「レオナール副団長が、昨晩は祝杯だーと、酔って号泣しておりましたよ」
「レオナールが? あいつは酒に弱いのに何をやっているのだか…。」
レオナールは美雨にも聞き覚えがある。確か、アルフレドの所属騎士団の副団長で、明日の勤務を交代して欲しいと願い出た本人だ。
「フリクセル団長、おめでとうございます!式が楽しみですね」
「彼女はあまり派手なものは好きではないから、身内だけのささやかなものにしたいと思っている」
式という言葉、そしてアルフレドの返事を聞いて美雨は驚いた。もしかして、結婚式のことを言っているのだろうか。
てっきり、こちらの世界では式はあげないものなのかと思っていたが、そうではないらしい。
好奇の眼差しで美雨を観察する門の騎士の視線を、アルフレドがやんわりと誘導して美雨が話さなくて良いようにしてくれる。こういう所は、本当にすごいと美雨は思うし、ありがたい。
アルフレドは適当に会話を切り上げ、美雨を連れて王城の門をくぐった。
手入れをされた美しい庭園を散策する人々を横目に見て通り抜け、二階建ての建物の中へと入る。
同じように、のんびりと廊下を歩く人が結構居て美雨は首を傾げる。
「ねえ、アルフ。王城って出入り自由なの?」
「出入り自由な区画は観光用と手続き用だな。王城の中ではあるが、ここは手続き用の建物だ。ミュウが昨日居たところは王宮の中でも国の中枢部。一般人はもちろん、騎士でも限られた人間しか立ち入りできない場所だからこことはだいぶ雰囲気が違うだろう」
確かに、昨日居た場所は高級感があり、あちこちに見張りの騎士が立っているのに人の気配のしない不思議な空間だった。今の…なんというか。町の市役所みたいな感じとは全く違う。
受付の女性に整理番号をもらう。番号は見たことのない数字だった。
「昼過ぎになりそうだな。ミュウ、書類は別の所に保管してある。一緒に取りに行こう」
「うん。こっちに来てから書類に記入するのかなって、不思議に思っていた所だった。どこにあるの?」
踵を返したアルフレドの後を付いて美雨が問うと、彼は悪戯っぽい表情になる。
「第二騎士団団長室。オレの仕事場だな」
「え。そ、そんな所、私も一緒に入っていいの?」
「大丈夫だ。部屋の持ち主たるオレが信頼し、一生の伴侶になる相手だろう」
アルフレドの言葉に美雨は頬を少し染め、頷いて後に続いた。
騎士右「フリクセル団長の鉄壁のガードすごいな」
騎士左「幸せそうでいいなあ…。オレも早く結婚したいっ!」
騎士右「その前に彼女見つけなきゃ、な…」
仕事を終え、交代に向かった時の門番騎士。幸せになれますように…