41 似ていないようで、似ている場所
ブクマ2000件超えておりました。総PVも41万を超え、嬉しいのですが過分な思いに震えている作者です。本当にありがとうございます。まだ続きますのでお付き合い頂ければ幸いです。
さて、遅くなりましたが続きです。
ぐんぐんとスピードを上げて空を翔けるロゼリオ。
やがて彼は高度を下げ、速度を落としてからゆっくりと翼を上下させた。
ズシン、という重たい音と共に降り立ったのは、城下町から少し外れた林の中に囲まれた小さな家だった。近くには大きな静かな湖面が見える。
丸太を組んだ二階建てのこじんまりとした佇まい。煙突が立っているのを見て美雨は目を輝かした。もしかしたら、憧れの暖炉があるのかもしれない。
隣には倉庫のような建物がある。穏やかな家の外観とは裏腹に、庭は殺風景で荒れた畑があるだけだった。
「わあ、かわいい家だね」
美雨の感嘆の声にアルフレドは嬉しそうに目を細め、先にロゼリオから降りて美雨に手を差し伸べて美雨が降りるのを手伝う。彼女にロゼリオは大きすぎるのだ。
「知人の両親が住んでいた家だったものを安くで譲ってもらった。年老いた両親と同居することになったが、今までの家をどうしようかと相談を持ちかけられたのでな」
渡りに船だったと、アルフレドは嬉しそうだったが、ふと表情を曇らせた。
「すまない、美雨。本当は家を建てたかったのだが、いかんせんひと月しかなかった」
美雨はとんでもない、と慌てて首を横に振った。
「この家がいいよ。なんか、実家みたいで落ち着く」
「はは、ミュウもそう思うか。オレも、この家を下見に来たときに同じことを思ってな。もし、あの場所に家が建っていたのならこんな眺めだったのではないかと、な」
実家は純和風の、高い床の下にはアリジゴクの巣があるような家で、この素敵な家とは似ても似つかないのだけれど、何故だか美雨は懐かしく思った。
「お庭も、アルフのなの?」
「ああ。オレの、じゃない。オレとミュウのだ」
訂正したアルフレドに美雨は少し面食らったが、はにかんで笑い、頷いた。
『アルフ、のどかわいた』
おとなしく荷物を首から下げたまま立っていたロゼリオが言葉を発する。
「ああ、飛びっぱなしだったからな。ロゼ、ありがとう」
「運んでくれて、ありがとうね」
『どういたしまして!』
二人にお礼を言われ、ロゼリオは嘴を上にあげ、首をぴんと伸ばし、誇らしげな顔をしている。隠しきれない喜びに獅子の尻尾が左右にふわふわと揺れていた。
アルフレドはロゼリオの首からキャリーバッグを下ろし、手綱を引いた。
ロゼリオは、見た目はかわいらしくトコトコと後に続いたが、実際にはズシン、ズシンと重たい音を立てて歩いている。
隣の倉庫のような建物に到着し、アルフレドが扉に手をかざすと『カチリ』と錠が開く様な音がした。
木製の観音開きのドアをくぐると、クッションが高く積まれた馬小屋のような場所だった。
馬小屋…だったのだろう。元々は。
『アルフ、お水欲しい』
水の催促がまた飛んできた。二人も乗せて王宮からここまで飛んだのだから当然ともいえる。
「ミュウ、少し待っていてくれ。水を運んでくる」
キャリーバッグを下ろし、アルフレドは急いで扉から出て行った。
『ミュウ、これ、外してほしい』
ロゼリオは鷲の頭を背中へと向けた。背中にはまだ鞍が付いたままだ。翼を圧迫しないようには作られているのだろうが、とても窮屈そうだ。
美雨は取ろうと奮闘したが、よく仕組みが分からない。
ぐいぐい引っ張ったり押したりしているうちにやっと外れ、喜んだロゼリオが美雨の胸元に頭を擦りつけていると、大きな水を張ったタライを抱えたアルフレドが戻ってきた。
鞍のことをすっかり失念していた彼は、ロゼリオに謝り、美雨に礼を述べて鞍を棚に片づける。
タライを置くと、ロゼリオはすごい勢いで水に嘴をつけ、首を上にあげて喉に流し込む動作を始めた。
とても可愛らしい小鳥のような動きだったが、後ろ足は白い獅子である。本質は獣と鳥どっちなのだろうと美雨は思った。
「ミュウ、随分と懐かれたのだな」
「うん。人懐っこい子なんだね。すっごくかわいい」
もっと仲良くなりたいなと、美雨が言うとアルフレドは苦笑した。
「ダイキも好かれていてな。貴女たち姉弟には何か、魔獣が引き寄せられるものがあるのかもしれない」
水を飲み続けるロゼリオの獅子の背中を優しく撫でながらアルフレドは続ける。
「ロゼは…いや、魔獣全般におけることだが。だいたいは気性が荒い。そして言語を操ることができるもの等は特に、契約を結んだ友以外には極端なほどに興味がないし……ましてや騎乗などは絶対にさせない」
水を飲み終えたロゼリオは満足そうに、翼を伸ばして高く積まれたクッションの元へ行き、上でぐるぐると回って寝床を整えている。
「しかし、仕事の都合上でどうしてもロゼには騎士団の人間や魔法使いを乗せてもらうことが多々あるのだが、そういった場合は全然スピードが出なくなる。拗ねているんだろうな」
いい感じの寝床に仕上がったらしい。ロゼリオは黄色い嘴をくわっと開いてあくびをした。
『アルフ、ミュウ、おやすみ』
黄金に輝く瞳がパチリと閉じられ、獅子の背中がゆっくりと規則的に上下を始めた。
「おやすみなさい、ロゼ」
「おやすみ、ロゼリオ。いい夢を。……だから、ミュウを乗せてあんなに早く家に届けてくれるとは、あまり期待していなかったので少し驚いた」
瞼を閉じて数秒で眠り始めた大きな魔獣に、あいさつを返してアルフレドはキャリーバッグを持つ。
がらがらと引くことはなく、片手で軽々と持ちあげる。もう片方の手で美雨の肩を引き寄せた。
「さあ、ミュウ。家に入ろう。こじんまりとはしているが、ミュウは好きだと思う」
「うん。外観からしてすごく気に入ってるよ。暖炉があるの?」
「ああ、暖炉もある。ネスレディアの冬は長くて厳しいからな」
後ろ手で扉を閉め、手をかざすとまた「カチリ」という不思議な音がした。
「アルフ、その手をかざすのは鍵なの?」
「ああ、美雨も後で登録しておかねばな。簡単だから家の中を案内したらすぐに行おう」
ロゼリオの小屋から二人の家への短い距離の間でさえ、アルフレドは美雨の肩に腕を回したまま離そうとはしなかったのだった。
まだ外観と、グリフォス小屋しか見ていないという…。二人が幸せなら、それでいいのだと思います。
次話、いよいよ新居に突入です。




