4 彼の事情
ちょっと血なまぐさいお話と説明が長いです。
昨夜のうちに手もみ洗いして干しておいたアルフレドの上着は、小さいだけあってすっかり乾いていた。
清潔な上着を着たアルフレドは、テーブルの上の急ごしらえの藤籠ベッドに座る。
ズボンは相変わらず薄汚れているけれど着替えがない。どうにかしないとなと美雨は思った。後で色々探してみよう。
「どうぞ。カップじゃなくて申し訳ないけど」
そう言いながら美雨が手渡したのはペットボトルの蓋に注がれたアイスティーだった。
「ああ、すまない、ありがとう」
アルフレドはそれを受け取り口を付ける。
「こちらにも紅茶があるんだな」
「ふふ、私は紅茶が大好きなの」
朝特有の、のんびりと和んだ空気の中でアルフレドが話を切り出した。
「少し、長くなるが大丈夫か?」
「どうぞ」
美雨が頷き、カップをテーブルに置く。コップとテーブルがぶつかってカツン、と少し硬い音がした。
「オレは、ネスレディア王国、第二騎士団団長だ。うちの騎士団の役割は空を飛べる魔獣に騎乗し国を守護することと、あとは……そうだな、緊急時の伝達係のようなこともやる」
「空を飛ぶ魔獣?」
「そうだ。オレの王国には人間とその他に獣・魔獣・魔物が存在する」
「獣は分かるけど……魔獣と魔物って? どう違うの?」
「獣は人語を解さないものだな。食用だったり、野山に居たりする」
異世界でも獣は同じ定義のようだと美雨は頷いた。
「魔獣は…まあ色々と種類は多いが、何匹かの獣が混ざり合った様な姿をしていることが多いな。だいたいが人語を解すことはできるが、話すことはできないもののほうが多い。気に入った相手と友となり、契約を結ぶ」
「え、すごいハイスペック」
彼の世界の言語は、地方ごとで訛りはあるものの共通なのだという。そういえば何故だか、彼との会話ができているし、よく分からないがそういうものなのだろうと美雨は納得する。
「魔物という生き物は、決して人とは相容ることはない。魔力を帯びた生き物を求めて襲い、屠って生きる。そういう生き物だ。斬っても血は出ず、黒い闇のようなものが噴出して霧散する。退けることはできるが、必ずどこかで別の形に成形される。そういう自然現象に近いものだ。」
「…そうなんだ。怖いね」
切り払っても霧散し、別の場所で成形されるなんて恐ろしい。平和な世界に生まれて良かったとしみじみ思う。
「まあ、王都を守りつつ、その魔物が現れれば切り払う、そんな職務だ」
「騎士って、王宮にいるイメージだった」
「そういう所属もあるが……まあ、オレの所属はそういう所だった」
そういえば第二騎士団と言っていたと思い、頷いて先を促す。
「数日前に魔物が出たと知らせがあり、応援要請を受けた。別の所属の奴らで一体との報告を受けて向かった所……実際には三体も出ていたというものだった」
魔物は一体出ただけで小さな村なら空っぽになると恐れられる生き物だ。報告を受けた宰相と国王は事態を重く見て、空を行ける第二騎士団に出動を命じた。
第二騎士団には空を飛べる魔獣が所属するが、その大半は滑空する種が主となる。自在に空を飛べる種というものは全体を見ても少なく、第二騎士団にも五騎しかいない。
そして、その命を受けた時に王都に常駐していたのは、団長であるアルフレドの魔獣を含めて三騎。
「しかし、王都の上空を無防備にするわけにはいかない。少なくとも他の連中が戻るまで1騎は残さねばならなかった。オレと部下の合わせて2騎で、城の魔法使いをそれぞれ乗せて任務へ向かった」
契約を結んでいない魔法使いを乗せるのをアルフレドの魔獣達はとても嫌がった。村への到着は思いのほか時間がかかってしまったが、到着した時には現地の騎士の働きにより魔物は二体になっており、一体は瀕死。残り一体にもかなりの手傷を負わせていたのだが……。
「残りのもう一体が恐ろしく頭の良いやつでな…」
魔物は強いが、基本的に知能はそこまでない。それが常識だ。だからこそ、一行は森の奥深くまで、深追いしたのだ。
暗闇を増した森は見通しが悪く、姿を見失い……気が付くと後回り込まれており、爪を立てられた。
「ああ、死ぬんだと理解した。あの魔物はおかしかった。おおよそ魔物らしからぬ…」
アルフレドは少し考えるように言い淀み、頭を軽く振った。金の髪と黒い髪がふわりと揺れる。
「その傷は、カラスじゃなくってその“魔物”にやられたものだったんだね」
カラスどころじゃない。有効かどうかは分からないけれどちゃんと消毒して良かったと改めて思う。
「そうだ。背中に爪が刺さったまま、オレは剣を払い……ヤツの首を落とした」
そこからの記憶は虚ろで、意識が混濁したまま彼の魔獣が王都へと彼だけを乗せてすごい速さで飛んでいたこと、そして王宮の大魔法使いの元へ運ばれたところまでは覚えているという。
「次に気が付くと虫の鳴き声のする静かな草むらに横たわっていた」
「それって……」
「ああ。恐らくはその時にはもうここに渡ってきてしまったのだろうな。その後、獣のようなものに襲われ、剣も無く死ぬのかと思っていると大声とすごい足音と地響きがして巨人が現れた」
その時のことを思い出したのだろう。にやりとした笑みを浮かべるアルフレドに美雨は頬を膨らませる。
「そんな人を巨人みたいにー! ってアルフにしてみれば巨人なんだろうけどさぁ」
アルフレドはからかうような口調で続けた。
「その巨人はオレを乱暴に掴み、ちょうど親指が背中の傷に触れてな。あまりの痛みに気絶した」
「わー!! うそ!! ごめんなさい!! だからバッグの中で倒れてたんだ!!」
「すまない、ちょっと意地悪を言ってしまった。まあ、手が当たったのは本当だが、それまでに疲労しきっていたから意識が無くなるのも当然だ」
平謝りする美雨に空気を軽くしようとしたのかアルフレドは笑うが、ふと表情を引き締めて立ち上がった。
藤籠から降りて美雨に向かって片膝を地につけ、立てた方の膝に腕を載せて頭を垂れて跪いて優雅な礼を取る。
「本当に、もう死んだと思ったんだ。ありがとう、ミュウ。今は持っていないが、騎士の剣と……我がアルフレド・フリクセルの名と魂にかけて誓う。必ず、この恩は返すと」
「アルフ……気にしないで。私も、君が生きていて嬉しいから」
「ミュウ」
アルフが小さな頭を上げ、小さいけれど力強い菫色の瞳で見つめる。美雨は大きな頭を引いて視線を落とし、黒い大きな瞳と優しい微笑みでその視線を受け止めた。
美雨もアルフレドを助けた状況を説明したが、本人がだいたい覚えている通りだったのであまり役には立たなかったかもしれない。
「ところでミュウ、“カラス”という生き物は赤い瞳が四つあるのか?」
「え?ううん。カラスには目は二つしか、ないけど…」
アルフレドはなぜそんな物騒なことを言うのだろう。
「ミュウ、本当にオレを襲っていたのは“カラス”だったのか?」
「う、うん…でも、なんで夜に居たんだろう」
カラスは夜行性じゃないはず。しかも三羽も。
本当に目は二つだった?
赤い瞳じゃなかった?
よく考えると不安になってきて、自身をぎゅっと抱きしめた。
「ミュウ、すまない。きっとオレの見間違いだ。意識が朦朧としていたからきっ
と見間違えたんだな。血なまぐさい話をした上に不安な気持ちにさせてしまった」
「……ううん、大丈夫。たぶん、普通のカラスだったよ」
そうか、ありがとうと答え、それ以上言及はせずにアルフレドは優しく笑った。
説明終わりです。
次回からいつも通りです。