34 一番の理解者で味方
玄関を開けると、元気な声に弾ける様な笑顔。美雨とは真逆のタイプの気の強そうな顔立ちの女性が飛び込んできた。
「美雨、ひっさしぶりー!!」
「わー! 茜ちゃんも久しぶりー……なんかまた痩せた?」
「あ、分かる? 食べても食べても太らないんだよねー」
「そ、それはうらやましいけど、ストレスが原因だろうから、あんまりうらやましくないかな……」
「お土産買ってきたよ! 駅ビルの地下に入ってる、マカロン屋さんのやつ」
じゃじゃじゃーんと効果音付きで可愛らしい紙袋を掲げる彼女は高沢茜。
茜とは中学が一緒で、出席番号が前後だった。それ以来ずっと付き合いのある貴重な友人だ。
「わー! かわいい紙袋だね。茜ちゃん、忙しいのに来てくれてありがとう。上がって上がって」
玄関から室内に招き入れ、部屋に足を踏み入れた茜は足を止めた。
それもそうだろう。彼女の知っている美雨の部屋は茶色と白を基調とした生活感あふれる部屋だった。だが三週間かけて片づけた彼女の部屋の今の状態はベッドと白いテーブル、それに窓際に置かれたサボテンだけの必要最低限なものしかなかったからだ。
あとは、クロゼットの中の衣類やアルバム等を片付ければ終わりだ。
「うっわ。なにこれ、美雨。あんた夜逃げでもすんの?」
「夜逃げって……茜ちゃん、失礼だよ。引っ越すんだよー」
「え、どこに?」
「私ね、ずっと一緒に居たいって思える人ができたの」
美雨の言葉に茜はしばし言葉を失い、戸惑ったように瞬きをした。
「えっと……とりあえず、座ろ? お茶も買ってきてあるからさ」
「うん。コップ出してくるね」
***
「まあ、いんじゃない?」
すべてを聞き終えた茜はあっさりと頷いて、長話に疲れた様子で肩をゆっくりと回した。
会社の人たちに説明したようにしようとして、美雨は失敗した。
写真を見た茜は『こんな瞳の色の人間、そうそういるもんか。どこの国の出身だ』と一刀両断した。
なんとか誤魔化そうとしたが、茜は『美雨は、十年以上も付き合った私に嘘を吐いて、三週間しか一緒にいなかった相手と駆け落ちデスカー』とか美雨の心をたくみに苛んだので、もう誤魔化し切れず美雨は話したのだ。
美雨は茜に弱い。おっとりしている美雨にとって、茜は常に明るく行動的。どうしようと悩んでいると、見計らったように連絡が来る。まるで姉のような存在だ。
小人を拾ったこと。
一緒に暮らしているうちに好きになったこと。
実は小人は異世界人だったこと。
そして大きくなった彼が美雨と共に居たいと言ってくれたこと。
そして美雨もずっとずっと彼と一緒に居たいこと。
全てを話した美雨はほっとした。信じてくれても信じてくれなくてもいい。本当は彼女に嘘を吐くのは嫌だったんだと今更に思った。
「まー、異世界うんぬんはよく分からないけど、あのままじゃ美雨は一生恋愛なんてしなかったでしょ?」
「それは分からないけど……うん。そうだね。ちょっと疲れてたかも」
「いーや。あんたは一人で犬とか飼ってのんびり余生を過ごしそうだったよ」
まあ、あんなことがあれば仕方ないかと茜は苦笑いを浮かべた。
「美雨が本当に好きって思っていて、後悔しないのなら私は止めないよ。ただ……寂しくはあるけどね」
お茶の入ったカップを持ってポツリと茜は呟いた。あまり弱音を吐かない彼女の言葉に美雨は一瞬泣きそうになった。
「で、このアパートを引き払ってどうするの? ホテル暮らし? うちに来ればいいじゃん」
「え。でも茜ちゃん仕事大変でしょう?」
「そう。めっちゃ忙しいよー今から繁忙期だからね。朝に出勤して帰るのは十一時位かな」
「えええ! それで十三連勤なの」
美雨はぞっとする。それってどうなんだろう。完全にアウトじゃないのかと。
「まあ、仕方ないよ。それを仕事に選んだんだし、辞めるつもりもないし」
言葉を失った美雨に茜はあっけらかんと笑った。
「だから、家に帰ってかわいーい奥さんが居て、お料理とか作ってお洗濯とかしててくれると、すごーく助かっちゃうんだけど」
「茜ちゃん……。本当に、甘えちゃっていいの?」
「良いに決まってるでしょ。あんたはそうやって甘えなさすぎなんだよ。そんな遠慮ばっかりしてたらまた男に逃げられ……っと、ごめん」
しまった、という表情の茜に美雨は微笑んだ。以前の美雨ならば落ち込んでいたかもしれないが、今の彼女は違う。
「そうだね。ちゃんと逃げられないように、伝えたいことはちゃんと伝えるよ」
その言葉を聞いた茜は嬉しく思った。
異世界の話は正直突飛すぎて面食らったが、何よりあの美雨が男と一緒に暮らした上に、信頼を寄せることができるようになったことに安心したのだ。
「あと一週間なんでしょ? うちに泊まれる日がどんなに少なくてもいいから、おいでよ。最後の日はお休みを絶対にもぎ取って送っていってあげるから」
「わー。でもなんか悪いよ。貴重な休みを」
「こんな時に使わなくてどうするの。今から上司脅しておくから大丈夫だって」
茜は美雨に向かってぱたぱたと手を振り笑う。そうやって笑っていると十三年前に出会った当初の、幼い彼女の面影が出てきて懐かしい。
都合が合わなくて会えることも減ってしまったけれど、それでもやっぱり彼女は美雨の一番の理解者であり、味方だった。
茜は愚痴はすごく言うけど、なんだかんだでどうにかしちゃうタイプです。そして仕事が増えるという悪循環。
次話、美雨、日本での最後の夜です。