3 一度拾ったら責任を持ちましょう
ブクマありがとうございます。とっても嬉しいです。
「界渡り?」
聞きなれない言葉に、美雨はカレーを食べる手を止めた。アルフレドに至っては出された礼儀としての数口しか食べていなかったが。
「世界を渡るということだ。オレが居た世界とこのミュウの居る世界は別の存在なのだろう」
「異世界、ってこと?そんな……」
美雨は驚いたように目を瞬かせる。
「じゃ、じゃあ、アルフは帰れないってこと!?」
「うっ」
突然の大声はアルフレドの傷に響いたらしい。身を屈めた彼を見て美雨は慌てて口を塞ぐ。
「…ごめんなさい。突然大きな声を出して」
「いや、大丈夫だ。それに確かに帰る方法など、見当もつかないのだから」
「そう、なんだ……」
「貴女にとっては小さなオレだが、女性の部屋に無骨な男を一泊もさせてしまって本当に申し訳ない。すぐに出て行くから安心……」
「だめだよ!」
アルフレドの言葉を遮る美雨。
彼女は呆れたようにも怒っているようにも見える。
「夜にあんな高熱が出たんだよ? 傷だってそんな大きいのに」
「このくらい、心配は無用だ」
「それに帰る方法だって無いんでしょう?」
痛い所を突かれて、アルフレドは気まずそうに目を逸らす。
「だがしかし、これ以上見ず知らずの貴女に迷惑をかけるわけには…」
「駄目だよ。拾ったときに絶対助けるって決めたんだから」
美雨の黒い双眸に強く見据えられて、アルフレドは言葉を失う。
子猫だったら飼えないから良かったとか言ってはいたが、本当は子猫であっても美雨は見捨てなかっただろう。
ペット可、駐車場付アパートに引っ越すくらいはやっていたかもしれない。『一度懐に入れた相手にはとことん優しく、見捨てることができないバカ』というのは彼女の友人の言葉だ。
「それに、そんな小さい体じゃあ、この部屋から出ることだってできないよ」
「……それは、まあ、そうだが」
オレが小さいんじゃない。全てが大きすぎるんだと彼はもごもごと呟くも、美雨の大きな声にかき消された。
「私はぜーーったいに、あなたが元気になるまで外に出さないよ!」
大げさに腰に手を当て軽く睨んでくる彼女を見て、アルフレドは思わず笑みを零した。
「ふ、ははは。貴女は変わっているな、ミュウ」
「……わ、笑った!」
優しげで整いすぎている顔は笑うと少し崩れ、少年のような親しみを感じられた。
「おっと、失礼」
わざとらしく顔を引き締めるアルフレドに美雨も笑う。
「ふふ、アルフは笑っているほうが素敵だね」
「…そ、そうか。ありがとう」
顔を逸らしたアルフレドの顔は少し赤い。
「しかし、貴女と同室というのは本当に申し訳ない。隣の部屋で過ごそう」
「え。隣は困るよ」
「しかし……」
「ここは1Kだから。この部屋の隣は台所、洗面所、玄関がひとつ続きにあるんだもの」
しかも入浴の際はそこで脱衣するし、トイレはそこからしか行けないし用を足したら音が聞こえると思われる。それだけは何が何でも、絶対に嫌だ。
「私はもう25歳だし気にするような歳でもないから。あー、でも。アルフみたいな男の子はそういうお年頃だから気にするのかな。ごめんね」
「25歳? ミュウが……? いや、それよりも男の子とはどういう意味だ」
「え? アルフって高校生…えーっと、16歳くらいじゃないの?」
「……オレは、今年で23になる」
「……え? うそ」
「嘘を言ってどうするんだ」
16歳で騎士団に入り、去年より団長の任を受けた。
アルフレドがそう言っても、美雨は信じられないと首を横に振った。
そういう美雨こそ、アルフレドには同い年、あるいは少し年下程度にしか見えないというのに。
大体、幼く見られたのなんて初めだ、と思いながらアルフレドはふと自分の体をよく見た。
体調が悪く、周りの物が大きすぎて調子が掴めないとは思っていた。
周りに惑わされないように目を閉じ、ぐっと腕を伸ばすと違和感が大きくなる。
嫌な予感にざわりと胸が騒いだ。
「ミュウ、すまないが姿見のようなものはあるか?」
「姿見? ああ、鏡のこと。あるよ、ちょっと待ってね」
美雨は引出しから小さな三面鏡を取り出しテーブルの上に乗せる。
小さいが、彼には十分な大きさのはずだ。
「なっ…」
鏡に映った自身の姿に言葉を失う。
そこには、頭身が縮んだ、やけに可愛らしく見慣れない……だがこれは自分だと分かる。そんな少年と大人の間の姿が映っていた。
「ど、どうしたの?」
「これが、今のオレの姿なのか?」
「え? う、うん。そうだけど…」
何かおかしな所があったかなと首を傾げる美雨。
「髪も、闇に染まってしまったのか」
左半分は自身の金髪。右半分は漆黒に染まっている。
「瞳は大丈夫か。背中の傷と、あとは……」
三面鏡の真ん中に立って、自分の姿を観察し始めたアルフレド。
「アルフ、その髪の毛は本当の色じゃないの?」
「違う。いや、左半分はそうだが。元はただの金髪だ」
爪先までしっかりと確認してからアルフレドは深く息を吐いた。
「髪だけで済んだということなのか? ここは巨人の世界ではなく、オレが本当に小人になってしまったのか? 一体何が……」
「……ねえ、アルフ」
しばし考え込んだアルフレドに気遣わしげな声が降ってきた。
自分の思考に入り込んでいたと我に返り慌てて見上げれば、大きな女性の優しい大きな黒い瞳は心配そうに揺れていた。
「ああ、すまない。少し考え込んでしまっていた」
苦笑いを浮かべるアルフに美雨はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もし、もし良かったら、なんだけどね」
「何だ」
「こっちに来たときの状況を、聞いてもいい?」
驚いたように目を瞠るアルフレドに美雨は慌てて手を振る。
「あ! 嫌だったら全然いいんだけどっ! ほら、私もアルフを拾った時の話とかさ、して。帰る方法の手がかりとかあるかもしれないしって思ったんだけど、でもね、嫌だったら全然いいの!」
目を丸くしていたアルフレドだったが、話を聞いて、その目は優しく細められた。
「貴女は、本当に変わっている」
「そ、そうかな?」
「変わっているさ。得体の知れない小人を助けたことも。その小人の怪我が治るまで逃がさないと言ってしまうことも」
「だ、だって! 心配だもん」
逃がさないとは言っていないけど、似たようなことは言った。でもそれは心配だったからだ。
「そういうところが、変わっているんだ」
「……変かなあ」
「いいや。オレは好ましいと思う。だが、少し危機感が無いとも言えるがな」
「……だってアルフは小人だもん。普通の男の人だったらこんなことしてない」
アルフレドからすっと目を逸らされる。一瞬だけその顔に嫌悪感のようなものが浮かんだが、すぐに消える。
美雨は取り繕うように笑みを浮かべた。これ以上この会話を続けてはいけない気がしてアルフレドは口を開いた。
「話すのは全然構わない。むしろ助けてもらった状況を詳しく教えてもらいたいのはこちらの方だ。……ただ、その前に」
「うん」
「服を着てもいいだろうか」
その言葉に美雨は目を丸くし、次いで少し赤くなり、目を逸らした。
黙って立ち上がり、隣の台所へそそくさと行ってしまう。
大きな体が恥ずかしさで縮こまっている様子がなんだか可愛らしくてアルフレドは微笑んだ。
少し長くなってしまいました。
アルフレド、ずっと上半身裸でお話ししてました。背中には大きなキズパ●ー●ッド装備してますけど。