27 木曜日の裏側
話を進める前に、大輝の話を忘れていたので。
話がひと段落ついた所で、美雨は立ち上がる。
「こんなにいっぱい話したら、のどが渇いたでしょう。ちょっと待ってて。お茶を入れてくるから」
美雨が隣のキッチンへ移動し、扉がしっかりと閉められたのを確認すると、声を潜めた大輝がアルフレドの方へと少し身を乗り出した。
「アルフレド、お前さ。変な鳥に襲われなかった?」
「なぜそれを!」
思わず声を上げたアルフレドに大輝はしーっ! しーっ! とジェスチャーをする。どうやら美雨には聞かせたくない類の話らしい。
キッチンからは水の音とコップの音がする。
「変な鳥、ちゃんと見たか?」
「ああ、黒い体躯に赤い目が四つある生き物だった。来たばかりのころに襲われたが……」
「あれさ、多分……魔物になりかけだけど、まだ獣の自我を保っている生き物だと思う」
大輝の発言にアルフレドは驚く。自我が保てるはずがない。
「闇に呑まれれば、獣だろうが人間だろうが自らの意思をなくし、ただ魔力を求める化け物になるだけだろう?」
「お前が言うか? ここに居るじゃん。半分闇に染まって普通に暮らしてたやつがさ」
「なっ!? しかし、ここは別の世界だからそういうものなのでは……だからこそダイキもこちらに送ったのだろう?」
「まあ、質の良い空き魔石が無かったからやむを得なかったというのも一つはあったんだけど……まあそれは今は置いておいて」
どういうことだと問うと、扉の開く音とキッチンから美雨が顔を出した。
「ごめん。お茶葉が切れててね。そこのコンビニまで行ってくるね。ついでに何かおやつでも買ってくる」
「あ! じゃあオレはポテト買ってきてー!」
「ええ? それはおやつなの? まあ、いいよ。買ってきてあげる。アルフは何か欲しいものある?」
「いや、オレは特にない。気を付けてな、ミュウ」
ちょっと行ってくるね! と声をかけて、ミュウは玄関を開けて出ていく。
ガチャガチャと鍵を閉める音がして、ヒールサンダルのカツカツという音が階段を下りていく。
アルフレドは溜息をひとつついて腕を組んだ。
「ダイキ、結局何が言いたい? お前はいつも肝心なことを言わないからな。きちんと話せ」
「うーん。本当は先に陛下のお耳に入れておきたかったんだけど、アルフレドなら別にいいかなー」
大輝は胡坐を崩し、ぐっと体を伸ばしてから再度座り直す。その表情からはいつものふざけた雰囲気は感じられず、アルフレドも自然と座りなおした。
「竜王の里は知ってるよな?」
「ああ、知っている。」
広大な草原と豊かな川をぐるりと取り囲むように険しい雪山が聳え立つ、人の足では踏み入ることのできない島。
「じゃあ、その竜王に子どもがいることは……知らないみたいだな」
変り者の竜王は何百年も一人で生きてきていたというのが一般的に伝わる話だったから、アルフレドは首をかしげる。
「オレの伝え聞く竜王は、変り者で短気。オレが子どもの頃に聞いた話だから、今から二十年以上前のことか? 彼の怒りに触れた愚かな国があった。彼の力は凄まじく、彼の竜が吐いた一息で城壁が落ち……爪の一閃で凍てついた城は真っ二つに割れたと聞くが……」
アルフレドの言葉に大輝は感心したように頷く。
「そう。よく知ってんね。で、その国っていうのが竜王の子どもを浚おうとしたみたいでさー。竜王もそりゃカンカンでお灸を据えたんだけど。それをしたのがその国絡みのアヤシイ教団でさ。なんでも生き物に闇を付加させる実験を最近始めているらしくてさ。それの裏を取るのがオレの最近の激務の原因なんだけど……」
「それが、あの鳥だというのか?」
アルフレドの問いに、大輝は何とも言えない表情で首を捻った。
「いや、あの鳥はアルフレドの闇に触れてたまたま偶然、同じ状況になったんじゃないかな。偶然の副産物だと思う。そのお蔭で、教団が魔物レベルの濃い闇じゃなくて、半端な闇を使って作ってるんじゃないかと最近は思ってる。まだ仮定の段階なんだけどね」
美雨に会った次の日には、この世界に存在するはずのない気配に気付いた大輝だったが相手は空を飛ぶ生き物の為、探し出すのに手間取った。しかも、あちらの世界の仕事もあった為、あちらとこちらを行ったりきたりしていたので連絡がつかなかったそうだ。
「陛下にどうするー? って聞いたら絶対に逃がすなって言われちゃってさ。三匹もいるのにだよ? オレ、友達の結婚式も出ないといけないから忙しいっての。捕まえるのめっちゃダルかった。あいつらすんごい暴れるし。しかも最終的にくっついて頭が三つのバケモノになって口から闇をまき散らしてなー。スライムかよって思った」
それがおとといの木曜日のこと。夜半になり、激しく降る雨と吹き付ける風の中、美雨とアルフレドが闘っていたように。この町で大輝は、彼の闘いを静かに行っていたのだそうだ。
結局は収集がつかず、無理やり祓うことになったのだが、通常の魔物のように霧散せずに、姿を残したまま力尽きたのだと言う。
「あれは魔物じゃない。でも限りなく魔物に近いマガイモノってオレは呼んでる」
「マガイモノ……」
アルフレドが考え込んだところで、タイミングよく階段からヒールのコツコツという音が近づいてくる。
すっかり聞きなれた美雨の足音だ。
「みゅーちゃんには言うなよ? 見たまんまの怖がりだから」
話はこれで終わりだと言わんばかりに、大輝が足を崩してくつろぐ。
「ああ。怖くても平気を装う所がかわいいんだがな」
真顔で言ったアルフレドに大輝は固まった。
ちょっと鬱陶しい。でもどうやら、姉は今度こそ自分ひとりを愛してくれる人を見つけられたようだ。
「ただいまー! 二人で何話してたの?」
玄関が開く音、そして閉める音がして、キッチンへ続く扉から茶色の柔らかいウェーブ頭が覗いた。
両手にはお茶のペットボトルとお菓子を持っている。
そのコンビニ袋をテーブルに置き、大輝の顔を見た美雨は「あ」と口を押えた。
「ポテト忘れちゃってた」
「ええー!まじかよ」
久しぶりにジャンキーなものを食べたかったと、大輝は溜息を吐いたのだった。
魔法使いさんは激務のようです。
次話、美雨は一緒に行くことができるのでしょうか。




