26 狭き道と小人
もう少し、種明かしにお付き合い下さい。
「と、いうわけで。オレは一旦アルフレドをこっちにお届けしたんだよね」
「思っていた以上に危険な状態だったのか……」
「アルフの体、こすってもなかなか血が取れない場所があったと思ったらそれだったんだ」
なるほど。体に付いていたあれは血じゃなかったのか。
てっきり、こびりついて固くなっているんだと思って、何度も何度もお湯を湿らせたタオルで拭ったらやっと薄くなったのを美雨は思い出す。
「闇って、擦れば消えるんだね……」
美雨の不思議そうな声にアルフレドと大輝の視線が集中した。
驚いたような表情に、何かバカなことを言ってしまったのだと悟って美雨は小さくなる。
「闇は、擦っても絶対に取れないはずなんだけどねー」
「聞いた話と違い、闇に染まっていたのが、髪だけになっていたのは何故かと思ったが……」
そんな珍生物を見るような顔で見ないでほしい。
ただの血液だと思っていたのだから。
「で、お前は元の姿のままだが、オレが小さくなったのもお前の仕業だろう?」
「ピンポーン! 大正解。オレがアルフレドを小さくしたよ。元の姿だと間違いなく道から落ちてしまいそうだったからね」
「道とは? そしてお前はどんな魔法を使ったんだ」
大輝はしばし考え、右手でピースを作った。
「オレが教えられるのは二つのうち、一つだけだよ」
人差し指のほうを掴み、もったいぶって続ける。
「一つ、かわいい小人ちゃんの作り方。もう一つは……」
「道のほうでいい」
アルフレドに遮られ、大輝は不満そうに溜息を吐く。
大輝に厳しく、遠慮のないアルフレドはなんだか新鮮だなと美雨は思った。
なんか、団長さんって感じで恰好いいな。と呑気に思う。
「世界はたくさん存在してるらしいよ。もっとも、オレもこの世界と、あちらの世界にしか行ったことないけどね。だいたいは生まれ育った世界から出ることはないんだけど、時々、本当にごくごく稀に例外が起きる」
大輝は言葉を探すようにゆっくりと話す。言葉を探しているのか、何かを隠しているのかは美雨には分からない。よく知った弟ではなく、異世界の大魔法使いの顔を見たような気がした。
「そのごくごく稀な例も小さな積み重ねの結果だったりするんだけど……まあ、それはいいや。とにかく、大体の人間は、生まれた世界に愛されるから出ることはないんだけど、他の世界に愛され、呼ばれてしまうことがある」
「まさか、それが大輝の……」
大輝が突如行方不明になった六年前を思い出し、美雨が口を覆うと大輝は頷いた。
「そう。オレはだいぶ昔から見えていたよ、姉ちゃん。そして、姉ちゃんにも見えてたはずなんだけど……」
もう美雨にとっては忘却の彼方。
幼い二人はよく一緒に遊んだのだけれど、大輝には時々強い光の道が見えた。
とても綺麗だし、何より優しい声がこちらにおいでと誘うから行ってみようとして、ふらりと足を踏み出すと必ず手を引いて止めたのが姉だったという。
「ミュウ、覚えているか?」
「ううーん……そんなこと言われるとそうだった気もするけれど。でも、大輝は昔から、ふらふらしてて危なっかしかったよ」
美雨らしい返答にアルフレドは苦笑し、大輝に先を促した。
「でー、その光の道ね。それにアルフレドをベルトコンベアみたいに載せて運搬するつもりだったんだけど」
「べるとこんべあ……」
、
不可解そうなアルフレドは無視して、大輝は続ける。もしかしたらわざと言ったのかもしれないけれど。
「で、オレにはちょうどいい大きさの道なんだけど、アルフレドに対してはすんごーく細い道しか差し出されてなくってさ。まあ、当然だよね。この世界の人間じゃないし。何よりロゼと契約を結んでしまっていたからその拘束力が半端なくってさー」
体を小さくして、魔力封じの呪文までかけて、さらに自分の使う道に引っ張り込んで、本当めっちゃダルかったと。大輝はげんなんりした顔をしている。
魔力も封じた理由は、この世界に魔法が無いからなのかとアルフレドが問うと、大輝は肯定した。
そんな、ダルかったで済む話なのかと美雨は思っていたが、ふと疑問が芽生える。
「なんで、大輝はアルフの世界に好かれていたの?」
「……おっ、みゅーちゃん鋭いじゃん」
「オレもずっと気にはなっていた。突然に現れた不審者たるお前が。陛下の右腕となり、ルンゲ殿が去った後に大魔法使いになるほどの信頼を何故勝ち得たのか。世界に愛されたから、なのか?」
アルフレドの言葉に大輝は苦く笑った。
「そういうチートが俺にも付加されてればよかったんだけど、残念ながらそれは関係ないなー。もっと別の理由はあるけどね。それに少なくともオレにだって、多かれ少なかれ敵がいるのはアルフレド、お前もよく知ってるよね」
そう言う大輝の言葉には、ただ異世界で暮らしているだけではなくて、弟には弟の苦悩や葛藤が一応あるんだなと感じる。どこの世界でだって、結局は同じようなものなのだ。
「まー、脱線したけど。そんなとこ。で、道を繋いだんだけど、オレってば世界中に愛されちゃってさー。転移先があんまし安定しなくてさー」
「どこに出るのか分からないということか?」
「や。ある程度は指定できるんだけど、術者がオレだから、オレに縁のある場所に飛ぶ可能性があってさ」
「それで私の所に! あれ? でも直接、私の場所じゃなくって近所の草むらに居たけど……」
近所の草むらと聞いた大輝は「うっわ、まじごめん」とアルフレドに謝った。
さらに言えば、カラスにつつかれてたたのだが。
「オレの予想なんだけど。たぶん、時間的に姉ちゃんは会社に居たんじゃない?」
「うん。いつも通り残業してたよ」
「でしょ。本来は、引っ張られて姉ちゃんの所に転移するはずだったんだど、姉ちゃんが家に居なかったから……ちょっと座標がズレたみたいなんだよねー」
ペロリと舌を出してごめんごめんと大輝は言うが、見つめるアルフレドと美雨の目は冷ややかだ。
「大魔法使いともあろう者が……笑わせるな」
「大輝、そんなに適当なことで仕事は大丈夫なの?」
「……仮にも命の恩人に、失礼すぎくね?」
大輝はがっくりと肩を大袈裟に落としていたが、不意に姉を見つめ、何故か嬉しそうに笑った。
「姉ちゃん、もう大丈夫そうじゃん。オレ、安心したよ」
大輝は、美雨の過去を知っている。たった1人の弟は、彼なりに心配してくれていたことにはずっと気づいてたから美雨は微笑み頷く。
その微笑みは、誰かを愛し、愛されているという誇りに満ちた美しいものだ。
「うん。今度は、絶対に大丈夫……大丈夫に、するんだ」
「ミュウには、オレがずっとそばに居るから問題ない。お前は王宮の掃除でもやっておくんだな」
ちょっと姉離れができていないんじゃないかと、苦言を呈すアルフレド。
「うっわ、のろけ!? 実の弟の前でのろけんの?」
うるさく騒ぐ大輝。
狭い1Kの美雨のアパートは、何年かぶりに明るい笑い声に包まれた。
大輝は美雨のトラウマをよく知って心配しています。ただのシスコンじゃない、筋金入りのシスコンです。
説明回は一旦終了です。
次話は話が進みます。




