25 魔法使いは、かくも語りき
「さて。何から話そうか」
さっさと正座を崩し、胡坐を組んだ大輝。
その隣には美雨が、正面には腕組みをしたアルフレドが座っている。
「まず……この世界において、お前とミュウにだけ何故、魔力がある?」
「へー。それから聞いちゃうんだ? おしゃれになっちゃってるもんねアルフレド。他の人間に会ったんだ?」
「ああ。何やら女言葉を話す、少し変わった御仁だったが……」
アルフレドは昨日の店長を思い出したようで、軽く首を振る。
「まあ、それは別として。買い物に行った先で見たほかの者たちは、髪を染めているものも染めていないものも、魔力は感じられなかった」
「まあ、そうだろうね。この世界には魔法なんて存在しないから。少なくとも、一般的には」
大輝はあっさりと肯定したが、美雨は仰天する。
やはり自分に魔力があるのだ。二十五年生きてきたが、魔法なんて使ったことがない。
「えっと……私と大輝には魔力がなんであるの?」
「うーん。それも長くて面倒くさいし、また今度話すよみゅーちゃん」
大輝にはそれ以上話す気が無いようだったので、アルフレドは質問を変える。
「オレをなぜこの世界に渡らせた?そして、小人になったのはなぜだ」
「あー……。じゃあ、順を追って説明するから。姉ちゃんも、それでいい?」
美雨に否などあるはずもない。首を縦に振ると大輝はゆっくりと話し始めた。
***
あの日、大輝は王宮に居た。
通常は時空の塔に居るはずの大魔法使いが王宮にいることを快く思ないものが多数いることも知っている。
そして異世界人である彼を快く思わない者も少なくはないことも。
それらをうまくかわし、今日も陛下の執務を手伝っていたのだが……。
「ダイキ様、大変です。魔物討伐に向かわれた、第二騎士団所属、アルフレド・フリクセル団長が負傷して帰還中です!!」
外の警備兵に呼ばれ別室に行くと、先触れの兵が顔色を悪くして待っていた。
「アルフレドが? 珍しいこともあるな。傷の具合はどうなんだ?」
「傷は背中に大きな裂傷と刺し傷、他にもあちこちやられていますが……それより一番悪いことに、闇に侵されています」
「……チッ、あのバカ、油断して。どれくらい染まってんの?」
あの大魔法使いが取り乱す姿を初めて見た兵士は驚き、同時に一刻を争う事態なのを悟る。
「はい! 通信珠の知らせによると、金の髪が半分近く闇に染まっています! さらに魔物に刺された箇所より闇が体に広がり、右肩、右太ももと浸食中の様子です!」
思っていたよりもひどい状態に大輝は愕然とする。
魔物の知能はさほど高くない。
魔力を持つ生き物に惹かれ、襲いその魔力で飢えを満たす。
姿はさまざまで、獣から人の姿をしていることもあるが、基本的には全身が闇に染まり、燃えるような赤い目をしている。
攻撃は単調そのもので、アルフレドがそんな重症になる事態など通常は考えられず、先触れの兵士も首をかしげていた。
「応援を呼ぶこと自体が異常事態だったってことか。アルフレドは今どこだ?」
「はい。応急手当をする間もなく、フリクセル団長殿の魔獣が背に乗せてすごい速さでこちらへ向かったそうです。あの魔獣ならば、もう間もなく到着するかと思われます」
アルフレドの魔獣が運ぶのならば安心だ。彼はその辺の獣はおろか、半端な魔獣では目を合わせることすらできない特別製なのだから。
「さっすが。賢い判断だよね。よし、門を開いて門番は外せ。一番近い離れへ通して。それだけ闇に浸食されてたらまずい。もうすぐ赤の新月が近いんだから。準備をしたら、オレもそっちにすぐ行くから」
「承知しました、ダイキ様!」
指示を出された兵士は慌てて退出していった。
完全に闇に呑まれてしまえば、彼もまた魔力を求めてさまよう魔物と化してしまう。
「これは、責任重大じゃね。どうしよっかな」
軽い口調で呟いたが、大輝の表情は冴えなかった。
***
門から一番近い離れの中、考えを巡らせていると、大きな翼の音と、重量感のある着地の音。その際に庭の芝生が大きくえぐれた音がした。
明日も庭師の老人が怒り狂うだろうなと思いながら、大輝は扉を開けて外に出る。
白い鷲の頭。大きく力強い黒い羽根は優美だ。力強い鷲の足は着地の際に、庭師が丹精込めて世話をしている芝生を大きく抉り、さらに白獅子の後ろ足がそこを固く踏み潰している。
黒い羽毛と白い獣の毛が混ざり合う背中に、うつぶせになった男が乗っている。彼の意識は混濁しているようだった。
「お疲れ、ロゼ。オレの所に運んできたのは大正解だ」
『ダイキ! はやく! はやく!』
魔獣--アルフレドの最も信頼する友、ロゼリオは急かすように前足を動かす。その度に鋭い爪が既にボロボロになっていた芝生をさらに剥がして悲惨な状態になっている。
「こっちに運んで。狭いから羽根は畳んで。爪は立てないでくれよ、ロゼ」
『わかった』
ロゼリオは素直に頷き、室内へとアルフレドを運んだ。
「これは……報告よりもだいぶ悪いね」
アルフレドの様子を一通り観察した大輝は眉を顰め、ロゼリオへと向き直った。
「……いろいろ考えたんだけどさ、オレの居た世界にアルフレドを一時的に送ろうと思う」
『そうすれば、アルフは助かるか?』
「どうかな。一かバチかだけど。間もなくこの世界は赤の新月に入るから、この闇が濃い状態でこのままにしておいたら……間違いなく君の友だちは、魔物に成り下がってしまうね」
ロゼリオは憤慨したように羽根を震わせ、嘴を鳴らす。
大きな羽根に調度品は倒れ、風が舞った。
「うっぷ、落ち着いて、ロゼ。そうさせない為の対策だよ。オレの居た世界へ一旦送るから。しばらく君の友だちには会えなくなるけど、これが今の所は最善だと思うよ」
大輝は顔を腕で覆って彼を宥めた。
『会えないのは、さみしい。でも、アルフが助かるなら我慢する』
「いい子だな、ロゼ」
『子どもじゃないぞ!』
またしても羽根を広げようとしたロゼリオを収めて、アルフレドを陣の上へと置く。
「ロゼ、このことはオレとお前の秘密だからな」
『秘密、守る。だから、アルフを絶対に助けろ』
忘れないようにするかのように、陣の上に横たわる青ざめた友人を見つめた後、ロゼリオは静かに離れから出て行った。
「魔獣の野生のカンってやつかな。それでいい。界渡りの魔法なんて、関わるもんじゃないよ」
大輝は陣の上のアルフレドを見る。
呼吸は弱く、浅い。町の女の子たちがキャーと黄色い悲鳴を上げる見事な金髪は、自身の血と汚れに塗れ、何よりもその右側半分は闇色に浸食されている。それに、肩と太ももの服が破れた箇所からも闇の色が垣間見えた。
急がなくては。もうすぐ女神の月と精霊の月が隠れて、赤い月の時間が始まってしまう。
アルフレドが大好きなロゼリオ。2人の出会いもいつか書けたらいいなと思います。
次話、現在に戻ります。




