24 魔法使いと正座
金曜日の夜は、美雨はベッドに。買ってきた布団を床に敷いてアルフレドは眠った。
別に一緒のベッドで寝ても構わないのにと美雨が言うと、アルフレドは驚いたように美雨を見つめ……真っ赤になって顔を背けた。
「……ミュウは、意外と大胆なんだな」
「え? ……ちちちち違うよ!! 一緒に眠るだけだよ! 変な意味じゃないよう!」
軽い気持ちで言った言葉の意味に気付いて慌てる。
アルフレドは、ごほんと一つ咳払いをした。
「あちらにきちんと帰れて、ミュウと共に暮らす準備が整ったらその時は……ミュウの全てをオレが貰う」
「……ふふ、ありがとう。アルフ」
昨夜はせっかく美雨と呼んでくれていたのだが、なんだか慣れなくて美雨自身が今まで通り、ミュウと呼んでほしいと言った。
アルフレドは少し残念そうだったが、了承してくれた。
そして、土曜日の昼。
「やっぱり連絡がつかないのか」
「うん。一体何してるんだろうね」
もう、何度スマホを見たことか。
最後に連絡をしたのは金曜日の夜だ。もう翌日の昼ごはんを取った所なのに、大輝から連絡は来ない。
「もう。週末には空港へ送って行ってって言ってたのに」
ぶつぶつと言いながらふと思い出した。
そういえば、結婚式は土曜日にあって、週末に送っていってほしいと言っていなかっただろうか。
「あれ?じゃあ明日ってことだったのかな。でも、週末って……もー、ややこしいよ」
すっかり土曜日だと思い込んでいた。
「うーん、でも本当は飛行機に乗る必要もないんじゃあ……」
「ミュウ、“ヒコウキ”とは何だ」
興味津々な様子のアルフレドに説明しようとスマホでインターネットを開こうとした時だった。
画面が切り替わり、満面の笑みを浮かべた高校生くらいの若い頃の大輝の画像が表示される。着信だ。
「間違いない。ダイキだな……」
その画像を見たアルフレドは確信をもって頷いた。
彼が出会った頃の大輝だ。もっとも、こんなに純粋そうな笑顔など見たこともないが。
彼の知っているダイキは傍若無人で、人をからかうのが大好き。なのに実力はあり、頭も回るので王宮で重用されている魔法使いだ。
「出るね」
美雨はゆっくりとスライドさせて電話に出る。
弟と電話するのにこんなに緊張しているなんて、なんだかおかしいと思ったが、その手は緊張に冷たくなっている。
「……もしもし、大輝?」
『あ、みゅーちゃん? 今結婚式終わってさー。連絡できなくてごめんね』
いつも通りの軽い口調に美雨の怒りが沸点に達するのは当然のことだった。
「もう、結婚式の前に、なんどもなんどもなんども!! な・ん・ど・も!! 連絡したでしょ!」
『うっわ、めっちゃ怒ってる。ごめんってー』
怒り心頭の美雨の頭の上から長い腕が伸びてスマホを取る。
「……ダイキ、どういうことか説明しろ」
『おー。これはこれは、我が親愛なる同僚君じゃーん』
「このバカが……」
軽い頭痛を覚えてこめかみをゆっくりと揉み解すアルフレドを見て美雨の怒りがしぼんでいくのを感じた。
おそらく、今回の一番の被害者で、常日頃から迷惑をこうむっているであろう彼の日々の苦労を思うと申し訳なかった。
うちの弟が、すいません……と、こっそり心の中で謝っておく。
『説明したいからさー、ちょっと窓に来てみ』
言われるがままに、二人が窓辺から下の道路を見下ろすと……。
『おおー! 大きくなってんじゃん。闇も問題なく抜けてるし、良かったな』
スマホを耳に当て、大きく手を振るスーツ姿の見慣れた弟の姿があったのだった。
「……すまない、ミュウ。ちょっと荒っぽくなるかもしれない」
「……うん、そうだね。仕方ないね。ごめんねアルフ、あんなバカで……」
二人の会話はもっともと思え、また、その声はちゃんと大輝に届いていたらしく。
『ちょっと! 聞こえてるから! ちゃんとこれ聞こえてっからね!』
ノーモア!暴力!とか何とか言う大輝に、とりあえず上がってきなさいと美雨は静かに告げて通話終了ボタンを押したのだった。
***
「ほい。みゅーちゃん、引菓子あげるから……許してくんない?」
「大輝、靴を脱いでテーブルの前に正座しなさい」
有無を言わさない彼女は、だてに長年彼の姉をやってきたわけではない。
アルフレドが口を挟む間もないほどの口調だったが、大輝は軽く肩を竦めた。
「はいはーい。でもアルフレド、とりあえず無事でよかったよ。」
革靴を脱ぎ、荷物は玄関に置いたまま、スタスタと白いテーブルの前まで歩いてゆき、あぐらを組む。
「大輝、正座」
美雨の一言に、忘れてたと言いながら正座で座りなおすが、絶対わざとやっているに違いない。
「でさー、アルフレド。お前……大きくなってから、早速、姉ちゃんに手を出したりしてないよな」
彼の黒い双眸が剣呑な色を帯びる。アルフレドはそれを平然を受け流し首を横に振る。
「そんな騎士道に反するようなことをオレがするとでも?」
「お前、ムッツリっぽいからさ。スイッチ入るとヤバそ……イテッ!」
真っ赤な顔をした美雨が大輝の頭を軽く叩いて黙らせた。
確かに手は出されていないと思う。でも、本当の紳士ならばしないんじゃないかなというようなことは多々されたと美雨は思う。
「さて、大輝。お前はなぜオレをこの世界へ送った?」
「23歳、将来有望なのに彼女の一人もできない、由緒あるネスレディア王国第二騎士団団長殿に出会いを提供しようと思って」
「冗談はもういい。きちんと話せ。さもなくば……ロゼに言いつける」
「……了解。オレもロゼには嫌われたくないからなー」
ロゼが誰なのかは美雨には分からなかったが、最初の夜に熱に浮かされていたアルフレドが何度も口にした名前なのは知っていた。
少しの好奇心と、少しの不安が芽生えるが、その気持ちは一旦置いて。今は大輝の話しを聞きたかった。
大輝が出てくるとタイピングの手が止まりません。主に脱線方面で。
次話、説明回になるといいな。頼みますよ大輝くん。




