23 夜の海に浮かぶ満月と誓い
街での買い物を終え、ついでに夕食も外食で済ました二人は車に乗り、海岸沿いの道を走っていた。
昼間は雲一つない秋晴れで、それは夜になっても変わらず。
アルフレドに出会って三度目の金曜日は、見事な満月だった。
「アルフ、海を見ててね。すごくきれいだから」
海岸沿いの長い道に入る前に美雨がそう説明しておいたので、アルフレドは楽しみにしていたのだが……生憎と進行方向の右の方が海で、助手席は左側である。
さらに言うと二車線道路で間には高めのフェンスが設置してあるのでアルフレドからはよく、というかほとんど見えなかった。
「見えないね……えっと、そうだ。帰りにこの前行った海岸に寄ろうか。通り道だし」
道をそれて住宅が立ち並ぶ細い道に入る。
住宅街が途切れ、海が近いことを示す松の防砂林が見えてくる。
美雨は駐車場に車を駐車した。エンジンを止めて外に出ると、濃い潮の香りと秋の匂いが混ざったような空気を感じた。
「アルフ、その服似合ってるね」
月明かりに照らされたアルフレドは、今朝の休日のお父さんルックではなくなっていた。
と言っても、体に合った臙脂色のデニムにシンプルな薄いグレーのシャツ。それにカーキ色のパーカーを着ているだけだ。
買い物に行ったショッピングモール。その中の男性向け店舗に入ると、美形の無駄遣いのような恰好をしていたアルフレドを見た店長が飛んできた。
そして、一時間ほどの着せ替え人形状態を経て、2セットの洋服を買ったのだ。
あとは、下着やパジャマ、靴など細々したものを揃えた。
アルフレドは、下着をどうしていたのか。一瞬頭をよぎった考えを美雨はすぐに打ち消した。気付かなかったことにしよう。
まあ、ちょっとグイグイで、時々お姉言葉が出てくる男性店長さんにアルフレドは終始押され気味だったが、なんとか休日のお父さんを脱したわけである。
「でも、ボトムもサイズが合うのがあってよかったー。足の長さに合わせると今度はウエストがゆるゆるになっちゃって大変だったもんね」
「ああ。まさか、こんなことで異世界の壁を感じるとは思わなかったな」
それはちょっと違うと思う。そんなことを話しながら歩いているうちに、足元の固い感触が柔らかな砂へと変わり……松林を抜けると、視界がぱっと開いた。
一面の海と、その上には真ん丸に輝く月。
海面にはその月が対となって揺らめいていてとても綺麗だった。
「これは……なんて美しい」
アルフレドが感嘆の声を上げる。
この景色を見せる為につれてきた美雨も、予想以上の光景に一瞬言葉を失った。
アルフレドを拾ったあの日は月が出ていなかった。
一週間が過ぎると出会った時の彼の髪と同じ半月に。
そして今は影のない、綺麗なまぁるい月が夜空に輝いている。
「月が二つで、アルフの世界に似ている?」
「そうだな……いや、似ているけれど、まったく違うな」
「あはは、だよね」
やっぱり三つの月には敵わないかと続けると、アルフレドはゆっくりと首を横に振る。
「オレの世界の月は、こんなに穏やかではない。まあ……ネスレディアに来て、見てみれば分かるのではないか」
最後の言葉は声が少し震えていた。
アルフレドの体は元に戻ったのだ。そして何より、彼の国の大魔法使い―――大輝は彼を探していた。
「昨日ね、アルフが意識を失う前に私に言った言葉を覚えている?」
「……ああ。待つといったのに、堪え性なく、ミュウに願ってしまったな」
あんな状態だったのに、きちんと覚えていたらしい。アルフレドは罰が悪そうに頭を掻いた。
月明かりがアルフレドの髪を照らす。日中は黄金に輝いていた金の髪の毛は、今は月の光を浴び白っぽく輝いていてとても美しい。
「……私も、アルフの相棒さんに会いたいな」
「……ミュウ」
昨夜の言葉を美雨がそっと呟くと、アルフレドは戸惑い、それから察したのかゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……それなら、ネスレディアにオレと一緒に来なければな」
深い菫色の瞳は、期待と不安に揺らぐがその強い視線は美雨から離されることはない。
「うん。私も行きたい。アルフの行くところに。ずっと近くに居てくれるんでしょう?」
美雨の言葉にアルフレドの瞳は歓喜と驚きに染まる。彼は泣き笑いのような顔を浮かべ、頷いた。
「ああ、もちろん。貴女のそばに、ずっと置いてくれミュウ」
「最初の時に拒んでごめんね、アルフ。私、アルフが好き。とても大切に思ってるよ」
「オレも貴女を愛している。ミュウ……いや、こちら風に言うと美雨、か」
美雨はびっくりしたように瞬きをし、その拍子にぽろりと涙がこぼれる。その涙をアルフレドの指が優しく拭って。そっと抱き寄せた。
「オレは、ミュ……美雨しか欲しくない。貴女と一緒にゆっくりと歩んでいきたい」
「うん。アルフとならきっと大丈夫。私、バカだったよ。自分が傷つくことを怖がって、アルフをとても傷つけて、苦しませたね」
「いいや、美雨。貴女の抱えてるもののことは話したくないだろうから聞かない。しかし、オレは違うぞ、美雨。貴女のそばにずっと居ると誓う」
「……ありがとう。私も、アルフとずっと居たいよ」
柔らかな月の光と、波の音はいつまでも続く。
肌寒い秋の夜にお互いの体温は温かく、心地よくて。
常に美雨の心に刺さっていた何かが、ゆっくりと解けていくような夜だった。
発音をマスターしたアルフレドくん。
次話はやっとあのバ……魔法使いくんが登場します。




