22 二人で並んで歩く影
やっと買っておいた服の出番が来ました。
朝食をどうしようか。冷蔵庫の中を見て美雨は考える。
元の大きさに戻ったアルフはたくさん食べそうだけど。残念ながら一人暮らしの美雨の冷蔵庫にはさほど食材は入っていない。冷凍庫の中にはアイスクリームがたくさん入っているけれど。
冷凍してあるご飯を解凍しつつ、玉ねぎと、卵、鮭の瓶とレタスを取り出してまな板へ。
玉ねぎとレタスを包丁で切っていると、部屋の方からアルフレドが出てくる。
「わー! ごめん、ボトムの丈が短かったね」
融通が利くようにとスウェットにしたのだが、その伸び代を超えた足の長さだったようだ。残念なことにふくらはぎが見えそうな状態になっていた。
「いや、着られれば構わないんだが……しかし、せっかくミュウが作ってくれた服がダメになってしまったな」
美雨の作った、小人用の服は大きくなった後に見るも無残な姿になっていた。それはあらかじめ予想できていたので美雨はそれを着ておくことをアルフレドに勧めたのだ。
「それは仕方ないよ。だって服を脱いでから魔石に触るわけにもいかないし……アルフのもともとの服は、騎士団の支給品だったんでしょう?」
「そうだ。自室のクローゼットにたくさん同じものがあるから別に良かったんだが」
アルフレドはそう言うものの、国から支給された制服をダメにしてしまうよりは、不要な布で作った服の方が破けたほうがいいに決まっている。
あの細かい作りの服が、アルフレドのクローゼットにたくさんかけてあるのを想像するとなんだか微笑ましくて、美雨は笑みを零した。
最初に卵を半熟状態で炒めてから皿に取り出す。
具材を炒め、レンジからご飯を取り出して手早く炒め、半熟の卵と鮭フレークを最後に混ぜて味付けをすれば終了……なのだが……。
「あの、アルフ。そんなに見られてると作業し辛いかなって……」
「いや、冷蔵庫の上からじゃくてここに立って作業する美雨を見るのは、なんか感慨深いものがあるな」
しみじみと呟くアルフレドに美雨は笑う。
「そうだね。藤籠で眠る小さな騎士だったんだもんね」
「……なんだか複雑な気分だな」
まるでおとぎ話のようだが、実際にそれは起きて。
色々と大変だったけれど、今はこうやって笑い話にできることが嬉しかった。
「はい! 完成だよ。盛り付けするから座っててね」
「ミュウ、オレも手伝おう。もう何もできない小人ではないからな」
***
今まで使っていた藤籠ベッドをテーブルから降ろすと、チャーハンくらいなら二人でのんびり食べれる広さだった。
人形用ではなく、人間用の金属のスプーンを使って食べるアルフレドの姿は新鮮だった。
「ああ、美味しい。ミュウは本当に料理上手だな」
「ありがとう。便利な調味料がたくさんあるから、簡単にできちゃうんだよ」
おじさんのイラストの赤い缶を使えば、誰でもお料理じょうずなのだ。
遅い朝食を食べると時刻は十一時半を指そうというところだった。
「ねえ、アルフ。今日はお休みもらっちゃったし、少し遠くまで行こう。アルフの服をどうにかしないと」
「オレはこれで十分だが……しかし、この素材は素晴らしいな。伸縮性があって、しかも保温性もある。丈夫そうだし騎士団の制服に採用して欲しいな」
「スウェットの騎士団はちょっと見てみたいけど、やっぱりダメだと思うよ」
小さいままのアルフの服は飾りボタンに紐がたくさんあしらわれていて、とても脱がせにくく細かいものだった。なんだか高価そうだったし、それをいきなりスウェットにしてしまったらネスレディア中のお嬢様たちからクレームの嵐が殺到しそうだ。
「とうとうあのバカには連絡がつかなかったけど、明日は絶対連絡がつくはずだから。そんなつんつるてんの恰好にスリッパだったら、大輝は絶対に笑い転げるよ」
お腹を抱えてゲラゲラと、いや、最悪の場合、ヒーヒー言いながら笑うだろう。その様子が容易に想像できたのか、アルフレドは顔を引き攣らせて頷いた。
「それは、絶対に避けたいな。思わず切り払ってしまうかもしれん」
「うん。そんな能天気に笑われちゃったら、私もそろそろ我慢の限界だもん。アルフを止められないかもしれないから」
二人は真面目な顔をして頷き合った。
***
「この姿で、外に出るとまた違って見えるものだな」
「ふふ、楽しい? アルフ」
「ああ。とても楽しい。何より、バッグの隙間から少しだけしか見えなかった景色を、堂々と見れるのはいいものだな」
家を出て、駐車場へと歩く二人。
平日の昼前ということもあってか、すれ違う車はあってもすれ違う人はいなかった。
美雨の住むアパートがある町は、近くにある街のベッドタウン的な役割も担っているから、平日のこの時間帯はほぼ人がいない。
「ね。ここがアルフを拾った場所」
「ああ。ここか。こんな小さな草むらだったのか」
カラスの襲撃により逃げ込んだ背の高い草むら。小さい姿の時は森のように見えたものだ。
田んぼ側の狭い歩道。以前に払われた草は少し伸びていた。
「あ、そういえば、剣は小さいままだったね」
「一応、持ち歩いてはいるが……これが大きくならねば困るな」
第二騎士団団長の剣だと言っていたし、魔剣ということだから大切なものなのだろう。
大きくなったアルフレドは剣と服がそのままなことに少し落胆はしたが、すぐに立ち直った。
明日になれば、おおよその元凶である大輝に会えるはずだからだ。
「ミュウ、あの空にかかっている太い糸は何だ?」
「え? どこどこ、糸?」
「ほら。柱があって、それをつないである。樽が乗っているものもあるだろう」
「ああ、電線のことだね。でも、樽って……せめてバケツって言ってよアルフ」
電柱と電気のことを話すとアルフレドの目は輝いた。
「おお、あれが“電気”を運ぶ管なのか。あんな細いもので巨大な力を生み出しているのか。すごいな」
「ええ? 違うよ、あれは生み出してないよ、運んでいるだけで、ええっと……」
現代っ子になりつつある騎士は、電気が気になって仕方ないらしい。
茶色のふわふわパーマの華奢な女性と、間違ったサイズの服を着てしまった休日のお父さんのような恰好をしているのに、とてつもない美貌を持つ金髪の異世界人。
その不思議な取り合わせは、秋の静かな田舎道を肩を揃えて並んで歩く。
女性はヒールを履いているのに、頭二つ分とまではいかないものの……彼の身長には遠く及ばない。
もう、大きな優しい巨人と、小さな騎士ではなくなったのだ。
二人の足元からは、ふたつの影が仲良く並んで伸びていた。
そして、スウェットは役目を終えるのです…。
次話からまた少し動き出します。




