20 冷たい体、指先から伝わるぬくもり
嬉しいことに、ブクマが700を超え、評価もつけていただいているようで、ビビってます。たくさんの方に見守られて、二人は幸せ者ですね。ありがとうございます。
「大輝のばかっ! なんで出ないの……!」
何度電話をしても、やはり大輝が出ることはなかった。
苦しげな息を繰り返すアルフレド。
その額にはびっしりと脂汗が浮いていて美雨は慌てる。
「アルフ、アルフ…………しっかりして!」
両手でそっと掬い上げると、小さな体は驚くほど冷たかった。
もともと色白な美貌は、もう色白とは到底呼べない青白さをしていて。
「びょ、病院……はダメだし……。どうしよう、どうすればいいの、ああ……アルフ」
思考がとりとめなくて、軽いパニックになってしまう。
初めてアルフレドを拾った時の瀕死の彼に対する、冷静な判断と思考と行動力は今の美雨には無かった。
あの時は、ただの助けるべき存在の小さな命だったのだ。
それがたった一週間半で、美雨の無くてはならない大切な人になったのだと痛感した。
何が、気持ちを錯覚しているかもしれないだ。
こんなにも彼を愛してしまっているのだと。やっとここで確信が持てた自分が情けなくなる。
方法が見つかったら帰ってと言ったのは、もう一度人を愛することが怖かったから。
美雨はずっとずっと、逃げていたのだ。そして、そのことを本当は気付いてたのに。
美雨の漆黒の双眸から次々に涙が零れ、まつ毛を濡らし、白い頬を滑り落ちていった。
アルフは朦朧とする意識の中、美雨にゆっくりと手を伸ばして、大きな指に優しく触れた。
「だいじょう、ぶだ。落ち着け、ミュウ」
「でも、アルフ、こんなに冷たいよ……」
小さな冷え切った体をぎゅっと抱きしめると、アルフレドは少し苦しそうに顔を歪めてから、美雨を安心させるように微笑んだ。
「少し、冷えてるだけだ」
「……そんな理由じゃ、ないじゃない」
「ミュウ、は、泣き虫だな。最初の頃にも泣いて、いた、な」
体が冷えていて上手く舌が回らない。
自然とゆっくりと話すことになる。
美雨は大きな両手でアルフレドを包み、しっかりと視線を合わせた。
「ミュウは、泣き虫で……生真面目で……それでいて強がりだな」
「アルフだって、真面目で、今だって強がりしてる」
美雨の言葉にアルフレドは顔を和らげて頷いた。
「惚れた女の前だ。恰好くらい付けたいもの、だろう」
「また、そんなこと言う……」
美雨が泣き笑いを浮かべると、アルフレドはゆっくりと瞳を閉じた。
「ミュウは、温かいな。こうされていると、抱き締められているようだ」
「……ふふ、アルフが元の大きさに戻れたら。好きなだけ抱きしめてあげるよ」
美雨の言葉にアルフレドは驚いたように目を瞠り、次いで笑った。
「じゃあ、なんとしてでも戻らなねばな。約束、忘れないように」
「うん。私も、アルフの相棒さんに会いたいな」
「それなら、ネスレディアに、オレと一緒に来なければ、な……」
美雨は泣きながら頷いたが、その肯定をアルフレドが見ることはなかった。
ゆっくりと意識が沈むアルフレドの体を、美雨はしっかりと両手で包み込んでいた。
***
何でこうなったのか分からない。
分からないけど、今やれることをやろう。
アルフレドと会話したことで美雨は少し自分を取り戻した。
涙を拭い、アルフレドの顔に頬を寄せると……確かに呼吸はしている。
「大丈夫、気を失っているだけ。私にできるだけのことをしよう」
大丈夫、アルフレドはすごい治癒能力を持っている。
それに、大輝がくれた石が美雨にとって悪いことを起こすなんて無いはず。
念のためにスマホを確認したが、着信は無し、メッセージも届いてはいなかった。
美雨は粉のイオン飲料を水で希釈して、出来上がったものをハンドタオルに含んだ。
電気ポッドにお湯を作り、クローゼットから引っ張り出した小さな湯たんぽに注ぐ。
イオン飲料を含んだタオルでアルフの唇を湿らせ、湯たんぽをアルフの体に近づけた。
そして、いつもの急ごしらえの藤籠ベッドではなく、いつもは美雨が眠るセミダブルのベッドへと運び寝かせて毛布を被せた。
「……アルフ、大丈夫。絶対に私が助けるから」
呼吸が落ち着き、顔色が真っ青では無くなったのを確認するとほっと一息つく。
一旦、離れて隣のキッチンへ。上司に電話して、帰ってきた弟が急病なので金曜日は休む旨を伝えた。
嘘を吐いたことへの罪悪感はすごかったが、この状態のアルフレドを置いて出勤するくらいなら退職した方がましだと思った。
どんなに体調が悪くても、移るような病気以外ならば、絶対に休まず出勤していた美雨にとって、初めてのずる休みだった。
電話を終えて、アルフレドの元へ戻ると、また少し青白くなっていたので、慌てる。
湯たんぽじゃ間に合わないのかもしれない。そう思い、美雨もベッドへ上って小さなアルフレドを囲うように横たわった。
「ねえ、アルフ。ちゃんと元気になってね。私、まだ貴方に言ってないことがたくさんあるんだよ」
夜は更けてゆき、ここ数日良かった天気が、夜半になると強い風の音と雨の音に変わった。そして何かの騒ぐような音が聞こえたが、美雨はそれら全てからアルフレドを守るようにずっと傍らで温め続けた。
***
柔らかな朝の日差しが窓から差し込んできて、アルフレドはぼんやりと目を覚ました。
カーテンが少し開いていたのかと思ったが、やけに窓が近いと感じる。
いつものテーブルの上に置かれた、自分の寝床である藤籠からの距離ではない。
そういえば、昨晩は闇は抜けたが、姿が戻らなかったのだと思い出し、次いで具合が悪くなったのも思い出す。
夢うつつに、美雨がずっと近くに居てくれたのを覚えている。
触れたところから伝わる、優しい温もりと魔力に自分の体から抜け出た闇があった部分が埋められていくのがとても心地よかったと、そこまで思い出してはっと目が覚めた。
「しまった、寝過ごした。ミュウ、仕事が……」
慌てて体を起こすと、美雨のベッドの中に居た。
女性のベッドだ。小人の姿をしているとはいえども、ここだけには絶対に乗ったことなどなかった。
そして、視線を下げれば、隣にはすやすやと寝息を立てて眠る美雨の姿があった。
そう。視線を下げれば、自分より小さく華奢な、美雨の姿があったのだった。
おめでとう、アルフレド。お赤飯炊こうね…。
そして次話こそ、買ってきた服が活躍してください。ごめんなさい。




