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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
小さな騎士と大きな彼女のおはなし
20/81

19 小さな彼と大きな服

説明回となります。長めです。

 男性物の服は、あることはある。

 だが、それは二年前に別れた元恋人のもので、なんとなく捨てることもできなくてクローゼットの一角に積まれたままになっている。


 それを差し出すのはアルフレドにものすごく失礼だ。

 美雨はアルフレドの服をどうしようか考え、結局買いに行くことにした。


「でも、この時間だとこの辺じゃどこも開いてないから、明日にしない?」

「そうか……残念だが仕方ないな」


 明日なら仕事が早く切りあがりそうだったし、何より彼にはきちんとした服をプレゼントしたかった。


 身長を聞いたけれど、単位が違ったのでよく分からなかった。

 ただ、本来の彼は、大輝よりも大きいということは分かったので、170センチ以上は確実にあるのだろうと見当をつけた。


 元の世界では騎士団に入り、鍛練を欠かさず行っていた彼だ。きっと肩幅もあるはずだろうから、それなりに大きいものにしないといけないだろう。


 綺麗な金色の髪に深い菫色の彼に似合う服。それを考えているだけでなんだか楽しくなってくる。


 大輝になるべく早く会えないかのメッセージを送り、魔石に触れるのは明日にすることになった。


***


 色々悩んだが結局、美雨はダークグレーのスウェットと、黒い長Tシャツ。それに大きめのサンダルを仕事帰りに買ってきた。

 見た目はそこそこ、値段は安くで購入してきた。

 とりあえず元の姿に戻ってから一緒に買い物に行こうと思うので、とりあえず着れればいいものを選んだ。サイズに融通が利きそうなラインナップになるのは仕方ないことだった。


 買い物をしていたので、結局いつもの残業上りと同じ八時を回ってしまった。


 いつもの駐車場からアパートへ向かう。

 闇夜に浮かぶ月はだいぶ満ちてきているが、まだ満月には届かない。

 満月になって天気が良ければ、アルフレドに海面に映る海を見せたいと思った。


「ただいま、アルフ」

「おかえり、ミュウ。お疲れ様」


 玄関を開けるといつもの優しい声が聞こえた。

 少し緊張しているように感じるのは気のせいではない。


 美雨だってこんなに緊張しているのだ。当の本人がどうなるのか不安じゃないわけがないことに思い至り、美雨は優しく微笑みかけた。


「大丈夫、きっと元の姿に戻れるよ」

「ありがとう、ミュウ。……ダイキからの連絡はやはり無いのか」

「うん。既読も付いていないから見ていないんじゃないかな」


 忙しいのか、それとも敢えて読んでいないのかはわからないが、返事は来ない。

 一応、電話もしてみたがいつも通り出なかった。


「だが、ダイキがこの石を渡したということは、おそらくオレが居ることをわかっていてやっているのだと思う。おそらく元の姿に戻れるはず」


 それに、とアルフレドは続けた。


「もし、元の大きさに戻れなかったとしても……少なくとも、この変な髪形とはお別れできるな」

「そうだね。……ふふ、アルフは大輝を信頼してくれているんだね」


 美雨の言葉に、アルフレドは嫌そうに眉を顰めて答えた。


「まあ、バカだし頑固だし陰険なところもあるが……付き合いは長いし、何よりそんなことができる性格じゃないだろう」

「うん、そうだね。ありがとう、大輝を信じてくれて」


 前半の悪口は愛情の裏返しと受け取って美雨は笑った。


「えーっと、私が隣のキッチンに移動しておこうか」

「いや、それは申し訳ないから、オレがキッチンに……」


 しばらくの押し問答の末に負けたのはアルフレドだった。


 キッチンには物が多くて狭いから、着替えたりするのが大変じゃないかと言い負かされたのだった。


「えーっと、十五分たっても返事がないときは開けるからね」

「ああ、迷惑を……いや、ありがとう」


 迷惑ならばもう数え切れないほどかけている。アルフレドは礼を述べ、美雨は優しく微笑み頷き返した。


***


 一人残されたアルフレドはゴクリと息をのんで魔石を見つめた。


 本当に、元の姿に戻れるのか。それは希望的観測だったが、自分の考えは合っているように思える。


 こちらの世界に渡ってくる前に最後に見たのは、何かを囁く大輝の姿。 

 意識が朦朧としていたから何と言っていたのか聞き取れなかった。


 最後に見た景色はいつも通りだったから、少なくともその時点ではアルフレドは通常の大きさだったのだろう。


 魔物にやられ、瀕死となった自分を、最も信頼する相棒が彼を運んだ先は、治癒回復のできる神官が居る神殿ではなく、闇の魔力を秘めた男。

 陛下の覚えもめでたく、重用されている現大魔法使いである大輝の元だった。


 大輝が扱えたのは闇の魔力を使ったもの。アルフレドの国では適性のある人間は滅多におらず、当時の大魔法使いルンゲは「これはラッキー。すんごいの拾っちゃったぞい」と大喜びしていたが、手に余る力だ。


 界渡りの呪文を使えるとは聞いたことがなかったが、ここに大輝が居るということはそういうことなのだろう。後ほど、ぜひ尋問してやろうとアルフレドの口の端が上がった。


 この異世界へアルフレドを送り込んだのは十中八九、大輝に違いない。


 ならば、その界渡りの魔法の条件が体を小さくするというものなのではないのだろうか。

 なぜその条件なのかは検討も付かないが、現に小さくなってしまっている。

 そして、魔法も使えなくなっていた。魔力の流れを感知はできるが使うことができない。最初は何と不便で危険な状態だと思ったが、この世界で暮らすうちに理解した。


 こちらでは、魔法を使えた方が異端なのだと。


 大輝はそれを分かっていて、使えないように枷を付けたのではないのだろうか。


 アルフレドも多少は魔法を扱えるものの、魔法使いなんかの考えていることなどさっぱり分からない。

 体の闇を抜く際に、同じ闇属性である大輝にかけられた魔法も、同時に吸われるだろうと思われる。


 そして、自分を探しているという大輝が美雨の元に現れ、魔石を渡したということは……それを使えということだろう。 


 大輝が渡したものだ。ましてやあの男があんなに大切にしている姉に危害を加えるようなものを寄越すはずもないだろう。


 悶々と考えを巡らせていても埒が明かない。

 一度は体も小さくなり、死んだような状態になったのだ。


「なるように、なるだろう」


 白いテーブルに置かれた魔石に手を伸ばし、触れる。

 

 つやつやとした冷たい感触の少し黒く染まった魔石に反応し、この一週間半ですっかり体に慣れてしまった闇がゾロリ、と蠢く感覚があった。


 この三日間、美雨のカバンの奥から少しづつ闇を吸い取ってはいたようだが、まだまだ魔石に空きはあるようだ。


 直接触れたことにより、ゆっくりと、だが確実に闇の力が魔石へと移動していく。


 その気持ち悪い蠢く感覚が収まり、アルフレドは設置してあった三面鏡に目を移す。


 ツートンカラーの金と黒の髪は見事な金髪に。

 深い菫色の瞳は相変わらずに、鏡の奥から自身を見つめていた。


 だが、それだけだった。


 残念なような、ほっとしたような。


 あんなにいろいろと考えたのに間違っていたのかとガッカリもしたが、本当のことを言うと、ほっとしている気持ちが勝っていた。

 この状況で元の体に戻ることができて、美雨と一緒に居たら。


 今まで通り、穏やかに待てをするだけの忠犬でいられるかの自信がなかったから。


「アルフ、大丈夫?」


 短い時間に感じたが、もう十五分が経過していたようだ。

 キッチンへと続く扉の向こうから控えめな美雨の声がした。


「ああ、大丈夫。ただ、体は……」


 小人のままだが、と続けようとして、体に異変を感じてアルフレドは体を折った。

 

「アルフ?どうしたの?」


「いや、だいじょ……ぐっ……」


 アルフレドの苦しげな声に美雨は慌てた。

 この扉の向こうで何が起きているのか。


「ごめん、開けるね、アルフ」


 美雨が約束した十五分はとうに過ぎていた。

 扉を開けた先には、白いテーブルがいつも通りあった。

 そして、その上にはさらに艶を増した魔石。そしてその横には……しゃがみ込んだアルフレドの姿があった。


 その髪は光輝くような金髪になっているが、体は相変わらず小さいままだった。


 ――ああ、元に戻れなかったんだね、アルフ。


「……うっ、はぁ……」


 アルフレドの青白い顔と苦しげな様子に、美雨ははっと我に返って駆け寄った。


「アルフ、どうしたの?何が起きたの?」


「闇は、恐らく抜けた。だが、体が寒い。寒くて、苦しい」


 美雨は真っ青になり、すぐにスマホを取り出して電話帳を開く。

 119番なんてするような間抜けなことはしない。


 電話をかける相手はただ一人、彼の弟だ。

次話は買ってきた洋服が活躍する、はず…。

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