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手のひらサイズの騎士を拾いました  作者: 山下さん
小さな騎士と大きな彼女のおはなし
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2 自己紹介と朝

やっと名前が出せました。

 結果的に言うと、彼は起きてこなかった。

 彼女がシャワーを浴びて、カレーを作って。それを隣でもぐもぐ食べている間も、ずっと眠っていた。

 あまりにも身動きしないものだから心配したが、顔色は格段に良いし何より寝息が聞こえ、掛け布団代わりのフリースは規則正しく上下している。まあ、どうにかなるでしょうと彼女は楽天的に捉え、テーブルの隣に設置してあるベッドに横になった。


 「本当は金曜日だから夜更かししたかったけど、夜中に熱とか出たら困るもんね」


 あれだけの傷だ。もしかしたら今夜は熱が出るかもしれない。そう思って日付が変わる前に暖かな布団にもぐりこんだ。


***

 

 早めに就寝した彼女の考えは正しかった。浅い眠りについた彼女の耳に苦しげな声が届いたのだ。


「う…、逃げ、ろ、ロゼ…」


 テレビを付けていたっけ、そんなことを一瞬考え……慌ててベッドの上に飛び起きる。

 違う、小人さんだ。ベッドランプなんてお洒落なものは無いので、枕元のスマホでそっとテーブルを照らす。


 掛け布団代わりのフリースが藤籠から落ちて、テーブルの上に広がっていた。何もかぶっていない彼は苦しげな呼吸をしている。


「可哀想に、熱が出てきてる」


 あれだけの深い傷だ。やっぱり絆創膏じゃだめだったのだろう。


「でも、病院なんて連れていけないし……何よりこんな時間だもん」


 スマホの画面の時刻は夜中の2時半。まだまだ夜明けは遠い。

 立ち上がって豆電球を付け、小さ目のハンドタオルを持ってキッチンへ行く。


「冷たっ。まだそんなに寒くないのに水は冷たいなあ」


 寝ぼけた頭が急にすっと冴える。ハンドタオルを濡らし、ぎゅっと絞って彼の元へ戻る。


「がんばってね。私にはこんなことしかできないけど……」


 小さな額に浮かんだ脂汗をそっと拭う。体が横を向いていたので背中の傷口が見えた。絆創膏の中に溜まった血や体液が少し溢れてきていた。


 絆創膏をそっと剥がし、傷口には触れないように優しく拭う。膿は出ていないみたいだからきっと大丈夫。自分にそう言い聞かせ、新しい絆創膏に貼り替える。


「…死なないでね。がんばろう、ね」


 小さな小さな彼の手の上に大きな大きな彼女の手のひらが優しく被さる。

 重たくないように、そうっと。

 夜明けはまだ遠い。長い夜になりそうだと思った。


***


 彼は朝日のまぶしさを感じ、ゆっくりと瞼を開いた。

 金の長い睫毛に縁どられたその瞳は、深い菫色。数回瞬きを繰り返し、ゆっくりと体を起こす。


「ぐっ……」


 背中の鈍痛に息が詰まり、低く呻く。

 体を折り曲げて痛みをやり過ごしてから辺りを見渡し、彼は目を見開く。


「な、なんだ? 全て大きい」


 まるで自分が小さくなったと錯覚してしまうような。

 とりあえず現状を把握しようと自らを確認する。


「手当されている? オレの装備は……」


 装備どころか上半身は裸だ。背中には何か未知の物体が貼られていて身動きが制限される。


「ここは一体…、魔物は…そうだ、ロゼ。ロゼは逃げきれたの、か?」


 とりあえず状況を把握しよう。そう思って周囲を見渡すと、巨大な顔が視界に飛び込んできた。


 思わず体を強張らせるが、よくよく見ると巨人は眠っているようだ。彼が寝かされていた場所は高い場所--おそらくテーブルか何かの上にあるようで、それに突っ伏すようにして巨人は眠っていた。


「女、か?」


 巨人族など会ったことがないが、この巨人は手に布を持っており、傍らには手桶のようなものが置いてあった。彼女が手当をしてくれたのは間違いないだろう。


 柔らかそうな茶色の髪は彼女自身の色ではなく、色を変えているのだろうと思った。毛先に魔力を感じられなかったからだ。


「ううーん……」


 眠たそうな声と共に睫毛が震えた。こちらは純粋な黒色で、恐らく彼女の髪も黒色なのだろうなとぼんやり思う。


 寝ぼけ眼で開かれた瞳は同じく闇色で、彼は初めて見る瞳の色だった。珍しいが美しいと思った。

 

 その大きな瞳に己の姿が移り、はっとしたように巨人の女性は叫んだ。


「あれ? あ! 小人さん……起きてる!」

「手当は、貴女がしてくださったのか?」

「うん、素人考えだったけど、良かった」


 本当に嬉しそうに微笑み、大きな手を伸ばし、小さな彼の手に触れた。


「よかった、あったかい。生きてる、生きてるね。……よかったよう」


 大きな漆黒の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。

 巨人の涙は流石に大きいが、降り注ぐ様はきらきらしていて綺麗だなと思った。


***


「私の名前は美雨。あなたの名前は?」


 巨人はカレーライスを口に運びながら自己紹介をした。

 小人はまだ体調が万全ではなかったのと、茶色のソースがかかった得体の知れない食べ物に口を付けれず、美雨が作ったパン粥を口に運ぶ。


「オレの名前はアルフレド・フリクセル。ネスレディア王国の第2騎士団団長だ」

「…ネス…? ええーっと、名前はアルフレド、くん?」


 美雨の言葉にアルフレドは眉を顰める。


「アルフレドくんはよせ」

「え、じゃあアルフレドさん? あ、ミスターアルフレド?」

「ミス…? アルフでいい」

「えっと、じゃあアルフ。私も美雨って呼んでね」

「ミュー?」

「みう」

「ミュウ?」


 惜しい。でも違う。


「うーん、ミュウでいいよ。お母さんもそう呼んでたし」


 美雨は笑って頷いた。

 友人たちもミューとかミュウと呼ぶし、呼びにくい名前なのだろう。


「ねえ、騎士団って小人の騎士団?」

「小人? 貴女は巨人なのだろう?」

「え? 私が、巨人……」


 言われて初めて美雨は気づいた。確かに彼にとっては巨人だろう。何せ両手で運べるような大きさなのだから。


「ええっと、みんなこの大きさだから特に思ってなかったけど、君……アルフから見たら確かに巨人なのかも」


 ガリバーみたいだねと美雨が笑うとアルフレドは首を傾げた。


「すまないが、ここはどこだ?」

「あ、そうか。アルフは気絶してたから。ここはアパートの私の部屋だよ。アルフがカラスに襲われてた所の近くなんだけど」

「いや、そうではなく……」


 アルフレドは言い淀み、何か考えるように額に手を当てた。


「ここは、ネスレディアではないのだろう?」

「うーん……小人さんの間ではなんて言うのか知らないけど、ここは日本ていう所だよ」


 日本。聞いたことのない地名に、会ったことのない巨人。そして巨大な使い方もよく分からない装置をいとも容易く操作し、湯を沸かし、水を出す。そこから導き出される回答は一つしかなかった。


「…オレは、界渡りをしてしまったのか」


 彼の信頼できる相棒も見当たらない。同じ世界に居れば必ず感じられる、常に繋がる細い糸のような絆がほとんど感じられない。


 きょとんとする美雨の顔を見て、アルフレドは一人皮肉げに笑うことしかできなかった。


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