18 時空の塔を司る大魔法使いの話
ブクマ、アクセスと評価ありがとうございます。思ってた以上に二人を見守って下さる方が居て下さり、嬉しいです。
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はい、お察しの魔法使いの正体でした。
アルフレドが“ダイキ”に初めて会ったのは、お互いが17歳の時だ。
騎士団に入り二年目。まだまだ下っ端だったアルフレドは、当時所属していた第五騎士団長の使い走りをしていた。
「フリクセル。面白い拾い物をしたんじゃよ」
時空の塔の大魔法使いへ通信珠の貸し出しの雑用か何かだったと記憶している。
だいぶ年を重ねた魔法使いが嬉しそうに話し掛けてきたのだ。
「ルンゲ殿、何を拾われたのです? 随分と楽しげな顔をされてますが」
時空の塔を司る大魔法使いの名はユリアーヌ・ルンゲと言った。
一体いくつなのかは見当もつかない。
仲間内ではずっと老人だった気がするとか眉唾ものの話も出ているような老人である。
かなり高齢な老人のはずなのだが……その高い魔力のせいなのか、それとも老け顔なだけなのかは不明だが、変り者の多い大魔法使いの中でも輪をかけて変わり者だった。
そして、なぜだかその変わり者の老人に気に入られているのが、入隊二年目の若造であるアルフレドだった。
「ほれ、ちょっとお茶でもしていかんか。拾い物を見せてやるでな」
ここでこの魔法使いの機嫌を損ねると、受け取りに来た通信珠に何か要らぬ加工を施されてしまうかもしれない。
先月、機嫌を損ねてしまった同期の話によると、通信した際に自分の声は映るものの、映像が差し替えられてしまったそうなのだ。
そして彼の姿の代わりに、なんと意中の女性の名前が大きな文字で水晶に表示されてしまったとのことだ。
上司には、くれぐれも、くれぐれもっ! ルンゲの機嫌だけは損ねるなと念押しされている。
そうだろうな。団長は今、下町食堂の看板娘のマリィさんといい感じだから。ここでミスはしたくないんだろうなと、アルフレドは知っている。
そうして“拾い物”と称されて、披露されたのが界渡りをしたばかりの大輝だった。
彼は疲れ果て、ソファで眠っていた。そんな彼を指指し、ルンゲは嬉しそうに説明してくる。
「数日前に、時空の歪みを感じて第二騎士団に西の森を見に行かせたら、落ちてたんじゃよ」
人を犬猫のように言ってくれるなと、アルフレドは思ったがぐっとこらえた。
しかも、だ。騎士団に入るべく選抜され、さらにそこから厳しい条件で選ばれた者のみで構成される、空の安全を司る第二騎士団をそんなに簡単に使うということと、彼は使えるのだということに軽く頭痛を覚えた。
「この禍々しいほどの魔力の強さに、この髪の色もすごかろ? 完全な闇色の髪の毛なんて、わしは初めて見たもん」
「確かに。人間には強すぎる色です。東の果ての竜族にも少ないと聞きましたが……」
「おおー。さすがフリクセル。博識じゃね」
真っ白でふさふさのあごひげを揺らし、感心したように笑う大魔法使いにアルフレドは静かに微笑んだ。
そこから、さらに数日後。
目覚めた大輝に会ったアルフレドはさらに驚くこととなる。
なんと、その“拾い物”は、瞳まで闇色に染まっていたのだから。
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「な、なんと、まあ……」
それしか美雨は言えなかった。
美雨からしてみれば日本人は皆、黒髪黒目である。魔力が有るか無いかなんて見えないから分からないけど。
「その後、ルンゲ殿に気に入られたダイキは修行をこなした。それを本人が望んだかはアイツにしか分からんが」
「うん。ルンゲさんて、そんな感じがするね」
話を聞いているだけで強烈だ。美雨の頭の中には黒いローブを羽織って「さ、修行するぞい」と嬉々としている変わり者の魔法使いが浮かんでいるが、あながち間違いでもない。
「ルンゲ殿は、時空の塔を司る大魔法使いだった。そして、だいぶお年を召してらっしゃったから、代わりを探していたんだが……いかんせん御本人が強すぎて代わりとなる者が長年見つからなくてな」
「なるほど。そこに大輝が来ちゃったんだ」
「そうだ。アイツのネスレディア王国での今の立場は、時空の塔の大魔法使い。人によっては異界の魔法使いと呼ぶ者もいる」
運も悪い、間も悪い弟だとは知っていたが。
まさか姉の知らぬ間に異世界に行っていたとは驚きだった。
その上、大魔法使いになっていたとは。もう、かける言葉が見当たらない。
「私は、大輝が学校帰りに行方不明になって、あんなに心配してたのに……」
生きた心地がしなかったあの期間を思い出し、美雨は複雑そうな表情を浮かべたが、アルフレドはふと表情を和らげた。
「なぜ、ダイキが短期間で時空の塔の大魔法使いになれたと思う、ミュウ」
「え、なんかこう、類稀な魔力とやらと、ルンゲさんのスパルタ指導のおかげかな」
美雨の答えにアルフレドは笑った。
「確かに。それもあるが、一番は動機だな」
「動機?」
「そう。動機だ。ダイキはいつも言っていたな。“姉ちゃんが寂しがって泣くから、早く帰らないと”と。」
その言葉は、美雨の心の柔らかい箇所にゆっくりと染み込むようだった。
母が死に、弟を守れるのは私だけだ。私がしっかりしないとと思っていた矢先に、大輝が行方不明になり、美雨はずっと探した。
最初の一か月は通学路を。
次の二か月は隣町を。
次の三か月は一番大きな町の繁華街を。
でも、どれだけ探しても見つからなかった。
やがて一年が経ち、周りが諦め。二年が経過し、疲弊し半ば諦めかけていた美雨の元に大輝はひょっこりと帰ってきたのだ。何食わぬ顔をして……。
そこまで考えてから美雨ははっと思い出から浮上した。
そう。 “帰ってきた”のだ。
「アルフ、じゃあ、アルフは元の世界へ帰れるって、こと?」
その言葉にアルフはこくりと頷いた。
喜ばしいことじゃないかと思う一方、美雨は足元が崩れるような思いがした。
帰ってしまう。居なくなって、しまう。
「あいつがどうやって行き来をしているのかはわからないが……そこは、直接本人に聞くしかないだろうな」
「あ、そっか。アルフがこちらに来たときにはダイキはあっちに居たんだもんね」
もしかしたら、自由に行き来ができるのかもしれないと美雨はほっとした。
突然すぎて、理解と何より心の準備が何もできていなかったからだ。
「で、だ。ミュウ」
「なあに、アルフ」
告げられるであろう、サヨナラの予感には自分自身も気付かないふりをして、とても言いにくそうにするアルフレドに美雨は首をかしげる。
「たぶん、予想なんだが、この石に触れれば闇はすべて吸われると思う」
「うん。ちゃんとした金髪に戻れるんだね。ちょっと残念な気もするけど」
「ふっ、やはりお前は変わっているよ、ミュウ」
変わっていると、そう言うアルフレドは少し嬉しそうにも見えた。
「まあ、肝心なのはそこではない。闇はすべて飲み込まれる。枷となっていた闇が消え去り、おそらくオレは……元の大きさに戻ると思う」
「あ、そうなんだ。元の大きさに……え!?」
美雨は思わず立ち上がり、アルフレドを見つめた。
アルフレドはとても申し訳なさそうな顔をしていた。
「元の大きさに戻りたい。だが……服や装備がどうなるのかが、ちょっと、だな……」
「……ああ。確かにそうだよね」
来たときから考えると服も一緒に戻るだろうけれど、剣のこともあるしなんとも言えなさそうだ。
「オレは元の姿だと結構大柄なので、ミュウの服を借りることはできないと思う。申し訳ないが、服を用意してもらうことはできないだろうか」
確かに、大きくなった喜びよりも視線のやり場に困ってしまうのは美雨だってごめんだ。
アルフレドの申し出に美雨はそうだね、と頷いた。
大輝のトリップした理由などはまた後ほど詳しく書く予定です。
次話、小さな騎士は大きくなれるのか。




