14 しょうゆ団子と異臭事件の思い出
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団子を購入し、ついでにコンビニに立ち寄ってドライブのお供にカフェオレを買った。
ドリンクホルダーにカップを入れようとして、そういえば昨日はここに小さな騎士が入ってたっけ、と思い出すと笑みが零れた。
平静を装っていたけれど、好奇心旺盛にきょろきょろと窓の外を見ていたアルフを美雨は見逃してはいなかった。元気になってから初めて外に出たのだ、無理もない。
車のエンジンをかけ、左右をよく確認してから出発する。
土曜日のこんな時間に街のほうから田舎へ移動するのだ。道はガラガラに空いていた。
「んー♪ んーんー♪」
オーディオに合わせて鼻歌まじりに運転をする。
美雨は、自分の町と街を繋ぐこの海沿いの道が好きだ。
昼間は大渋滞していて30分の道が1時間かかってしまうこともあるからあまり使いたくないけれど、夜中は別だ。
内海だから波はだいたい穏やかで、満月になると海面に月が浮かんで柔らかい光を照らす。
今は半月だから少し反射するくらいだけれど、それでも十分綺麗だと思う。
「そうだ。満月になったら、アルフを連れてきてあげよう」
彼の故郷の月は三つあるという。
海に浮かんだ月も合わせて二つしかないけれど、少しは心が慰められるのではと思った。
「ううん。違う。私は……アルフと一緒に海面の満月が見たいんだよ、ね」
元の世界に帰ったら役に立てたいと、彼は一生懸命に勉強している。
知識に貪欲な彼に教えるのは楽しい。
でも……。
「もっと、一緒に居たい。な」
美雨はきゅっと唇を結ぶ。
相手は、小さな小さな小人だ。
別に恋愛感情とか、そういうのなわけではなくて。
だって、ほら。
仕事を終えて帰ってきたら、部屋の灯りがともってて。
『おかえり、ミュウ。お疲れ様』
って、優しい声が聞こえるのはとても居心地がいいから。
それに、アルフは、優しく誠実だ。
もしかして、彼なら……。
美雨の浮かれる脳裏に、冷たく忠告する声が響いてきた。
『帰る方法を見つけたら、すぐに居なくなってしまうよ』
『今は、困っているから宿にしているだけ』
『あれだけ若くて素敵な人だもん。元の世界に恋人がいるよ』
自身の心の声に違いないそれらを聞きたくなくて、美雨はオーディオの音量を上げた。
***
アパートの下をいつものように通り過ぎる時にチラリと見ると、部屋の灯りが着いていた。
時刻は10時。まだまだ起きている時間だとは分かっていたけれど、美雨の頬は緩んだ。
いつものようにアパートの下を通り過ぎ、左にウィンカーを出す。
いつもの右側に田んぼ、左側にまばらな住宅の道。
何度も通った慣れ親しんだ道が、今日はやけに長く感じる。
やっとアパートの下に着いて部屋を見上げると出窓に小さな人影が動いた気がして目を凝らす。
やはり気のせいだったようで、いつもの出窓だ。美雨は苦笑いを零した。
「どれだけアルフに会いたいんだか……」
カツカツとヒールを鳴らして三階まで上りながら、バッグに手を入れて鍵を取り出す。
鍵には鈴が着いていてチリン、と小さな音が鳴った。
「ただい……」
「ミュウ、おかえり。楽しかったか?」
玄関を開けるとマットの上に立つ小さな騎士。
「わ、びっくりした! 帰ってきたのすぐわかったの?」
「……その、靴の音が響くからな」
何かを言い淀み、アルフレドは視線を逸らした。
少し頬が赤いように見えたが、玄関の灯りは暖色だからよく判断はできなかった。
「弟君は元気だったのか? 話はきちんとできたのか?」
「うん。弟はめっちゃ元気だったよー」
ヒールを脱ぎながら玄関を上がる。
「ね、アルフは晩御飯何を食べたの?」
「オレはレンジアップするリゾットを食べた。ただ、量が多かったからほとんど残ってしまってる」
申し訳なさそうなアルフレドの言葉通り、レンジの中には開封済みのリゾットが半分程残されていた。
「わ! 逆に半分も食べたの? すごいね。おいしかった?」
「ああ。とても美味かった」
「ふふ。アルフもすっかり現代っ子だね」
「ああ。この便利さに慣れるのは恐ろしいが、とてもいいものだな」
そう。何でもレンジでチンできるのはありがたいけど、以前にレンジが壊れた際には本当に困った。
炊いておいて冷凍してたごはんの解凍もできず、レンジを買い替えるまで一合づつ炊くという苦行を強いられたのは記憶に新しかった。
「あ、そうだ! アルフにお土産買ってきたんだよ」
じゃじゃーん!と効果音付きで、テーブルの上に団子を広げる。
アルフはテーブルに設置している、垂らされたプラスチック鎖を伝って登った。
そして、彼の視界に飛び込んできた串に刺さった香ばしい物体を見て、しばし考えてから口を開いた。
「これは……ダンゴ?」
「え!! アルフの世界にもお団子があるの」
せっかくびっくりさせようと思ったのにと美雨が残念がる。
「いや、オレも実物を見たのは初めてだ。城の大魔法使いが“ダンゴが食べたい”とうるさくてな」
言いながらアルフはダンゴを軽く押してみる。
「思っていたよりも柔らかいのだな……。で、どんな食べ物か尋ねた所、細い串に白くて丸い飯に似たものが連なっていて、しょう油を塗ってこんがりと焼いてあると言っていて」
この世界に来て、アルフレドは“しょう油”を知り、これかと思っていたそうだ。
「え? じゃあ、アルフの世界にはしょう油は無いの?」
「無いな。魔法使いも必死に作ろうとしていたが……アイツは魔法以外は本当に不器用だからな」
聞けば、しょう油を作ろうと三日三晩もの間、塔に閉じこもって作った結果、政務は滞った上に不気味な液体が出来上がり、さらには塔周辺からはひと月もの間に渡って異臭がしたという。
「……な、なんでその魔法使いさんはしょう油を作ろうとしたんだろう」
「仕事が詰まっていた時期で、ダンゴが食べたくなったんだと本人は言っていたな」
「そうなんだ……なんていうか、ちょっと……迷惑な人だね」
見知らぬ人を自己中心的とは言えないが、さすがに迷惑な人だとは思った。美雨の言葉にアルフレドも深く頷く。
「ああ。見ている分には面白いが、巻き込まれると不愉快この上ないな」
「なるほど」
そう言いながらもアルフレドの瞳は優しい。
迷惑で手はかかるが、嫌いではないらしい。
「ねえ、アルフ。その魔法使いさんって、女の人?」
「いや、男だが。何故そんなことを聞くのだ?」
「……なんだか、その人のことを話すアルフは楽しそうだったから」
美雨が言うと、楽しそう? 勘弁してくれとアルフレドは首を竦めた。
***
お団子は、一つがアルフの顔の半分ほどの大きさもあった。
美雨が丁寧にカットし、このまま食べるのじゃ味気ないかなと思い、爪楊枝に刺して出すとアルフレドは喜んで食べた。
「ふふっ、オレが“しょうゆ団子”を食べたことを知ったらアイツはきっと悔しがるな」
「異臭騒動まで起こしたんだもんね」
それにしても、魔法使いという人種は研究熱心なんだなと美雨は思う。
異世界のしょうゆ、ダンゴの存在を知っていて再現しようとするなんてなかなかできないもんなと、美雨はみたらし団子を頬張りながら、のんきに考えていた。
「ミュウは、そろそろ帰ってくるだろうか」
と出窓に居たらミュウが帰ってきたので大慌てで鎖を伝って、何食わぬ顔で玄関に立っていたのは誰でしょうか。
そしてお土産の石ころはバッグの底に無造作に転がったままです。