13 弟のお土産は…
いつもよりだいぶ長いですが、区切りが悪いのでこのまま投稿します。
「事前に連絡しなよね、このバカ弟がっ!!」
「ごめんって、みゅーちゃん」
二年ぶりの再会となった空港での姉弟の会話である。
「大輝は、いーっつもそう! ごめんて言えば許されるって思ってるでしょ」
「ごめんって、このとーり!」
「大輝……」
わざと大げさに顔の前で両手を合わせて拝むポーズの弟。
まあ、許すに決まっているけども。
高島大輝。23歳の弟であり、美雨のたった一人の家族だ。
高校に入っても身長はあまり伸びず、本人の最低希望の170センチには届かなかった。
パッと見は細く頼りなげだが、運動部に所属していた頃の筋肉貯金のおかげで典型的な細マッチョとなっている。
髪の毛は染めてはおらず真っ黒だが、ネコっ毛の為に少しふわふわしており、あまり男らしさというものはないと本人も嘆いている。
「みゅーちゃんさ、結婚とかしないの?」
「うえ」
車に移動しての弟の発言により会心の一撃を食らった美雨は変な声を出した。
「あのさ、随分久しぶりに会ったばかりなのに何その質問。すごい失礼だと思う」
「だってみゅーちゃん25歳っしょ?オレの友達ももう結婚してるのいるし、子どももいるって」
ああ、面倒くさい。
そう思いながら美雨は車を発進させた。
この空港は山の上にある。弟の滞在予定のホテルまでは美雨のアパートのある町を一旦通り、そこから海沿いに40分程ドライブせねばならない。
「友達の結婚式があるから帰って来たんだよね」
「なるほど。だからこの話題なのね」
聞けば、中学の時の友達が結婚式を上げるそうで、大輝の元にもお知らせが行ったそうだ。
と、ここまで聞いて美雨は怪訝に思った。
大輝のアパートは東京にあるが、ほとんど日本に居ないせいでただの郵便受け状態になっている。
「招待状、よく気が付いたね。誰か管理してくれるいい人いるの?」
ここぞとばかりに美雨が突っ込むと、大輝は悔しそうな顔をして首を横に振った。
「居たら、みゅーちゃんにお迎えきてもらわないって」
「デスヨネー」
「ちょっと野暮用があって。日本に先週から帰ってたんだ」
「へえ。一週間も前に帰ってきていたのに連絡したのは空港に降りてからなんだ」
「まーじ、ごめんって」
「でも、招待状の返事も出してなかったのに、出席できるの?」
「ああ、それがさー」
しばらく他愛のない話をしながら、30分程運転した所で美雨のアパートの下を通りすぎる。
アルフは、今頃何をしているのかな。
そう思ってチラッとアパートを見上げるといつも通りにレースカーテンのかかった窓が見えただけだった。
「どうしたの? あ。そっか。みゅーちゃんち、この辺だったっけ」
「そだよ」
「……なあ。まだアイツのこと引きずってるわけ?」
助手席の大輝は腕組みをしてこちらをじっと見ている。
射抜かれるような視線を感じてはいたが、今は運転中だからと自分に言い訳をして視線は合わせない。
「……別に、そういうわけじゃないよ。いい相手がいないだけ」
「長年付き合ったんだから気持ちは分かるけどさ、もういい加減忘れて……」
「8年、だよ。忘れられるわけないじゃん」
美雨の漏らした言葉に大輝は黙る。
二人の会話が途切れた車内。
オーディオの音量は変わっていないのになんだか音が大きくなったような気がした。
***
掘り炬燵式個室の居酒屋で、二人はくつろぎながらいろんな話をした。
昔話だったり、最近面白かったことだったり。
大輝の話は面白い。話し上手だなと姉は思う。
美雨に話すのは楽しい。聞き上手だなと弟は思う。
「そっか。じゃあ結婚式は来週の土曜日なんだね」
「そうそう。だから日曜までこっちに部屋取ってんの。みゅーちゃん遊ぼうよ」
「そんなこと行って、足にしようとしてるでしょ」
「バレたか」
大輝はペロリと舌を出して肩を竦めておどけて見せる。
そうしていると小さな頃からの弟と変わらなくて、なんだか嬉くなる。
「大輝は、相変わらず海外を飛び回ってるの?」
「そうだよ。もう面倒くさいからいっそのこと移住したいんだけどさ。そうしたらみゅーちゃんが寂しがるかとおも…」
「海外に移住したらすぐに教えてね! 旅行に行くからっ!」
「うわ、ひでえ」
「だって、そもそもほとんど日本に居ないじゃないの」
久々の姉弟は二年の月日を感じない会話を楽しむ。
「そういえば、ちょっと前に日本に帰ってきてたって。仕事でトラブルでもあったの?」
「そうそう。トラブルもトラブル。めっちゃ面倒くさい案件があってさ」
尋ねると大輝は両腕を後ろに着いて、深く吐き出した溜息と共に天井を見上げる。
「オレの同僚がいるんだけど、そいつが……なんて言えばいいんだ? えーっと、出張させようと思ったんだよね。で、オレが手配したわけ」
「へえ、大輝ってそんなことやってるんだ。結局どんな仕事してるの?」
「んー。会社の方針で……そのへんはみゅーちゃんと言えども教えるわけにはいかないんだなコレが」
仕事の内容や具体的な勤務先を聞くといつもはぐらかされてしまう。
国家機密とか冗談ぽく言っていたが、機密事項が多いのだろう。
だから大輝には連絡を取ることは難しく、美雨は受け身で待つしかないのだ。
最初の頃は怒りもしたが、さすがに3年も経つと諦めもつく。
元気そうだし、きちんとした会社なのだろうと信じている。
それにたった一人の弟で家族だ。犯罪にかかわるようなことはしないと、そっちのほうも信じている。
「で。その出張先の手配をだね。オレのアパートにしたはずだったんだけど……」
「だ、大輝……まさか…」
「うん。ちょっと間違えてたみたいでさー。連絡つかなくなっちゃって」
「え。大丈夫なのその人……」
大輝は頭をぽりぽりと掻く。その様子からあんまり大丈夫じゃないんだろうなと美雨は察した。
「なんてひどい迷惑を……。外国の方なんでしょう? 日本語は話せるの? 可哀想に……」
「うーん。そんなにやわじゃないから大丈夫じゃない? きっとその辺のネズミでも捕まえて食べてるんじゃね」
弟の暴言に頭がぐらりとした。
なんてことを言っているのだ、こいつは。
「大丈夫、サバイバル能力はあるから、ジャングルとかに行っちゃってても襲ってきた獣を退治して美味しく頂いちゃうくらいしそうだし」
「ジャングルとコンクリートジャングルは違うでしょ!」
「おおー。みゅーちゃん上手いこと言う」
「もう……」
呆れる美雨に大輝はふと姿勢を正した。
日本人らしい色の瞳はすっとした切れ長だ。母に似ていないのだから父親譲りなのだろう。
「でさ、みゅーちゃん……姉ちゃんはさ。最近、変なこと起きてない?」
「変なこと、って。……特に、何もないよ」
ドキリとした。
変わったことといえば、小人が現れて共同生活してますけど。と心の中で答えた。
あまりポーカーフェイスが得意でない美雨は飲み物をストローでぐるぐると混ぜる。
「……本当に?姉ちゃん、すぐ態度に出るんだけど」
「何もないったら。それよりもう九時じゃない。大輝、このあと友達に会うんじゃなかったっけ」
「本当だ。九時半からだから、こっから歩いて行こうかな」
スマホを開いて時間を見た大輝は到着したメッセージを見てげんなりした顔をした。
「めっちゃメッセ来てる。面倒くさ……」
「面倒くさがってないでちゃんと返信しなさい。友達なくしちゃうよ」
はいはいと生返事をしながら大輝が立ち上がる。
絶対に返信しない。電話で済ませるつもりだろうなと長年の経験から思いつつ、指摘したところで何も変わらないだろうことも知っているから美雨はこれ以上は口を出さなかった。
運転もさせてしまったことだしと、弟はお会計をしてくれた。
姉としては出してあげたかったが、男のプライドのことも考え、ここはありがたく奢られておくことにした。
「じゃあ、行ってらっしゃい。あまりハメを外さないようにね」
「うん。……あ! みゅーちゃん」
手を振って歩き出した大輝が戻ってきたので美雨は首を傾げた。
「何? 忘れ物?」
「次の休みも週末でしょ。また空港まで乗せてってよ」
「はいはい。分かってます」
バス代浮いたーと弟が笑う。
本当はバス代くらい痛くも痒くもない懐具合なのを知っている美雨は、ただ優しく笑った。
「そうそう。あとさ、これみゅーちゃんちにお土産」
「えー、なにこの、河原で拾ったみたいな石」
本当に、何の変哲もない、強いて言うならば角がすっかり取れて丸いただの石。美雨は手のひらより小さい灰色の石を受け取り、怪訝な表情を浮かべた。
「いやいや。これは実はですね、奥さん! 魔法の石でして、大変なお値打ち品なわけですよ!」
「……へー」
美雨の冷たい眼差しをものともせずに大輝は明るく笑い、手を振った。
「ま、オレ行くわ! また連絡するから!」
石ころをその辺に投げ捨てたいのは山々だったが、お店の前だしなと思いとどまり、渋々とバッグの中に仕舞いこむ。
「さーて。帰る前にアルフにお土産買って行こうかな。お団子とかどうかなー」
せっかく町まで出てきたのだ。お団子はまだ食べたこともないはずだし、きっと喜んでくれるだろうと思いながら美雨は足取り軽く、賑やかな繁華街を抜けていった。
▼ 美雨は、すべすべの石を手に入れた!…
▼ 美雨は、カバンの奥に放り込んだ!…
次話は団子と騎士になる予定です。