11 半月と海と彼と彼女
「着いたよ、アルフ。大丈夫だった?」
海岸に着いて駐車スペースに車を止める。
他に車は見当たらず、人通りもほとんど無い。
「ああ。クルマとは便利な乗り物だな。雨風に打たれることはないし、大人数を乗せられる」
テレビCMで大型の車を見ていたらしい。
「そうだね。でも、アルフも元の世界に、ええと…」
「魔獣か?」
「そう。魔獣が居るんでしょう?」
「ああ。オレの大切な友だ。だが気性が荒くてな。オレ以外の者は嫌がってなかなか乗せれないから緊急時には手を焼いている」
手を焼いていると言いながらもアルフレドの顔は優しく、そして誇らしげだった。
「いいな。私もいつか見てみたい。仲良くしてくれるかな」
「ミュウなら大丈夫だろう。むしろ魔獣に好かれる性質だと思うぞ」
「え。どういうこと?」
「ミュウの魔力は穏やかだが力強く、優しい。もし魔獣に会う機会があればあっという間に契約を結ばされてしまいそうだな」
「へー。でも、いいね。種族が違っても分かり合えるのって素敵」
「やはり、ミュウは変わっているな」
「もう、またそれ…ほら、せっかく来たんだし行こっか」
ミュウが両手を広げて差し出す。アルフレドがドリンクホルダーから降りて着地すると籠バッグにそっと降ろした。
車を降りて鍵をしっかりかけて。
ここに街灯が無いことを美雨は知っていたのでスマホで辺りを照らす。短い松林を通っているととさざ波の音が聞こえ始めた。
前に来たときに隣を歩いていた別の人物がちらりと脳裏をよぎり、少しだけ胸が痛んだけれど、美雨が思っていたほどには痛まなかった。
「アルフ、外に出てみる?誰もいないよ」
秋も深まってきた夜中。こんな時間帯にこんな場所に来る人はおらず、美雨が籠バックからアルフを出してそのまま手のひらに乗せる。
ほどなく松林を抜けると景色が急に開ける。
穏やかな波間に半月が映り込み、優しくぼやけていた。
「これは…綺麗だな。湖ではなく海なのか。あの対岸に見えるのは山か?」
「そう。ここは内海で、あれは火山なんだよ」
美雨は元々、この町の住人ではない。外海の近くで暮らしていたから、未だに海に対岸があるのを見ると不思議な気持ちになる。
「内海だから波が穏やかだよね。波の音が気持ちいいし」
アルフをそっと砂地に下す。アルフはぐっと両腕を上に上げて大きく体を伸ばした。美雨を見上げて微笑む。
「久しぶりに外の空気を吸えた。ありがとう、ミュウ」
「どういたしまして。私も綺麗な景色が見れて良かった」
***
しばらく海岸を2人で歩く。
歩幅が全然違うから美雨は進んでいるのか分からないくらいゆっくりだったけれど。
松林に沿って歩くと河口にぶつかり行き止まりになった。そこの堤防の上に美雨は腰かけ、アルフレドは隣に佇んだ。
この一週間で、何度か美雨はアルフレドを膝に乗せようともしたが頑として座ってくれなかった。小さな体とは言え、女性の太ももに乗るなんて言語道断だと言われた。気にしないのにと言えば、そういう問題ではないとキッパリと返されたのは記憶に新しい。
しばらく会話もなく、海と月とを見ているとアルフレドが口を開いた。
「ここは、本当に違う世界なのだな」
「そうだね。どうしたの急に」
「月が一つしかないと思ってな」
「アルフの世界は違うの?」
「オレの世界の月は3つある。大きく輝く黄色い月は女神の住まう地と言われている。小さな蒼い月には精霊が住まうという。そして、真ん中の赤い月には…魔物が住まうと言われている」
月が3つあるとか、軌道はどうなっているんだろうと美雨は思ったがすぐに考えることを放棄した。小人が居たんだ。そんなものなんだろう。
「赤い月が大きく満ち、他の月が隠れてしまう夜には魔物が月から渡ってくると言われている」
「なにそれ、怖い」
「確かに赤新月の日には魔物がたくさん出てな。あながち言い伝えというものもバカにはできないものなのかもな」
「アルフレドもその、赤新月の日にはたくさん、その…」
「ああ。多くの魔物を払った。この剣でな」
アルフレドは腰に佩いた剣をすらりと抜いた。その刀身は青白く光を帯びており、美雨は驚く。
「え? 光ってる」
「この剣は魔剣だからな。オレの魔力を吸って光の力を得る」
「そうなんだ…綺麗。この光はアルフの魔力ってこと?」
「そうだ。ただ、やはり魔力が回復していないな。光がこんなに微弱では魔物を払うことなどできない。せいぜい傷つけるだけだ」
「魔力が回復していないの?でも、アルフはこんなに元気になったのに。なんでだろう…」
「分からないが…月が一つしかないことと、この髪が闇に染まってしまっているのが原因ではないのかと思っている」
右半分の黒い髪をつまみ上げ、アルフレドは忌々しそうに息を吐いた。
「…ねえ、アルフ。怒らないで聞いてくれる?」
「なんだ?」
「怒らないって約束して」
「怒らない。そもそもオレがミュウに怒ったことなんてないだろう?」
「そうだけど…あのね。今の髪の毛、アルフは嫌いみたいだけど…私は好きだよ。半月みたいで綺麗」
「半月なんて半端なだけだろう?綺麗なものか」
「綺麗だよ。もちろん闇が抜けて、アルフの髪の毛が全部金色になったら、満月みたいですごく綺麗なんだろうなとは思うけど…左から見ると優しいアルフ。右から見るとちょっと意地悪そうなアルフに見えるし、一人で二倍の味わいがですね…あれ?」
美雨は段々何を言っているのか分からなくなってきたし、アルフレドは面白そうにこちらを見ている。
「ええと、とにかく!今のアルフが私は好きだから、だから、そんな顔しないでよ」
「好き?」
「そ、そうだよ」
「それはどういう意味で?」
暗闇の中、小さな騎士の菫色の瞳が妖しく光ったような気がして思わず体を引く美雨。
うろたえる大きな彼女に小さな彼は手に持っていた剣を鞘に戻して一歩、近づく。
「どういう意味で?」
「どうもこうも…ほら、同居人として!家族みたいなものでしょ、私たち」
美雨の答えにアルフレドは溜息をひとつ零した。
「家族、ね」
それ以上はアルフレドは何も言わず、また美雨も何も言わなかった。
やがて、どちらともなく立ち上がる。
「そろそろ冷えてきたから、帰ろっか」
「そうだな。この国は雪は降るのか?」
「んー、降ったり降らなかったり。この町ではほとんど降らないよ」
「そうか。暖かで過ごしやい、いい町なのだな」
アルフレドを持ち上げると小さな体は温かく、確かな存在を示していた。
海辺の月明かりに力を得て少し暴走する小人でした。
次はまた日常に戻ります。