不運は全力疾走してやってくる
――人生とは苦難の連続である、とは誰の言葉だっただろうか。
つい数刻前までは青々とした草木生い茂る森林だった場所には、そこかしこから、どっかんばっかんと尋常ではない騒音が鳴り響き、行き交う人々の鼓膜を打楽器の如く叩き続ける。
「あー、ウザイです。うるさいです。モモ、こいつら物理的に黙らせちゃ駄目ですか」
「いやー、気持ちは分からないでもないけど、それやっちゃったら自由に表を歩けなくなっちゃうからね」
「……面倒です。本当に面倒くさいです」
ぶつぶつと呪詛めいた言葉を吐きつつも、物騒な思考は棚の上に戻してくれたらしい。
一応は大人しくなった隣人に密かに安堵の息を漏らし、木の影からそっと辺りの様子を窺う。
ある者は魔法石を振りかざして石に込められた魔術を行使し、またある者は剣をもって相対する者に斬りかかる。何かが焦げたような匂いもすることから、どこかで火の手が上がっているのかもしれない。
そんな戦場めいた光景から目を逸らし、ニケちゃんの隣に座り込む。
「少し休憩してる間に、なんでこんなことになっちゃってるんだろうね。この辺りって紛争地帯でもないよね?」
「蛮族の事情なんて知りませんよ」
「あらら」
完全にへそを曲げていらっしゃる。
無理はないけども。
「で、どうするんです?このまま隠れてやり過ごすつもりですか?」
「そーだねー」
見た限りだと両陣営共に亜人種は少ないみたいだし、大人しくしていれば見つかることもないだろう。問題があるとすれば、こちらの忍耐力である。
鬼に鍛えられた私とは違い、ニケちゃんにそこまでの我慢を強いるのは無理がある。
というわけで、早々に結論は出た。
「無理に付き合うこともないし、突破しちゃおうか」
「……モモ、さっき駄目だって言わなかったですか」
「うん、私の案とニケちゃんの案では小山と抉れた崖ほどの隔たりがあるからね」
「酷い中傷を受けました。大変傷つきました。人を見て抉れたと称するやつはさっさと垂れてしまえばいいのです」
呪いを掛けられた。
「この件に対する慰謝料は後で要求するのです。今回は言う通りにしてあげますからさっさと行きますよ」
そう言って立ち上がったニケちゃんに続く。
流石は森の民の末裔というべきか、ニケちゃんの先導に従って駆け抜けていく道中、戦闘に巻き込まれることもなく切り抜けることが出来た。
後で慰謝料という名の貢物を捧げて怒りを納めてもらうことにも成功し、今日訪れた苦難は無事解決となった。