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Eborinowa  作者: 城谷結季
序章「旅の始まり」
2/6

1


深くしみ渡る優しい歌声が耳朶を打つと、目の前が真っ白に染まる。


「Eborinowa cancy li yu melcy ni yuno wa…」


人が見えた。

村だろうか、似たような髪色の人々が談笑したり鍋のようなもので何かを作っている。

かすかに耳に残響する歌声に合わせて人々や景色が移り変わる。

楽しそうにしていた人々の顔が急に陰りだす。

空も灰色に染まり次々と生きているものが倒れていく。

ある者は泣いた。ある者は天に命を乞う。

報われぬ努力と力にただただ嘆く者もいた。

突然彼らは怒り始める。

鋼のような体が見えた。ギルティカだろうか。

その巨体で彼らを押しのけ、得意の光線で村を焼き尽くした。

逃げ惑う人々。

何か不思議な力を使って仲間の怪我を治療している。

しかしそれも虚しく、空から茶色の粉のようなものが降ってきた。

岩のようなものが小さな幼子の上に落とされた。

誰も、誰にも助けられなかった。

皆、土や岩の下敷きとなっていたから。


歌声が止む。

最後に黄昏時の空が見えた気がした。


「おばあちゃん、どうして空から土や石が落ちてきたの?」


少し咳き込む祖母の背中を優しく擦る。

祖母は柔らかく微笑んで頭を撫でてくれる。ゆっくりとした動きが心地良かった。


「おばあちゃん、なんて言ってたの?」

「難しかったかねぇ……これは【Eborinow】の始まったお話だよ」


呼吸が落ち着いてきたらしい祖母は、目を伏せ淡々と語り始める。


「昔々、“黄昏の街”というエリオたちが住む地域があったんだよ。【Eborinow】というのは、彼らを襲った謎の病……眠り病のこと」

「ずっと眠ったままなの? お母さんとおんなじなの? ねぇ、治らないの? だから埋められちゃったの? お母さんも埋められちゃうの?」


言葉に出したら急に視界が滲み出す。こらえきれず声を出して泣けば、祖母はよしよしとあやしてくれるけれどそれがよけいにたまっていた不安を掻きだす。


「おばあちゃんはずっと元気でいるよね? 置いてかないよね?」


しゃっくりまじりだったけれど祖母はしわくちゃの手で涙を拭ってくれる。それが『約束』してくれたようでほっとし、抱きつく。


「お母さんずっと眠ってても、生きててくれるならいいの。おばあちゃんがいるから大丈夫」


いつだってそばにいてくれた。守ってくれた。いろんな「唄」を見せてくれた。

お料理も教わった。一緒に散歩に行くのがいつも楽しみだった。

突然祖母が両手で私の顔を挟み視線を合わせる。


「カシリア、よくお聞き。“黄昏の街”は――」





ガシャン、という陶器のようなものが割れる音で目が覚める。

続いて女性の悲鳴。そしてすぐに男女の言い争う声が聞こえた。

自分の置かれた現実が理解できなかったのも一瞬で、いつもの騒ぎにいつもの日常が始まったことに気付くと、暖かい布団から出て身支度を始める。

昨日選んでおいた服を着て髪を整えると、枕の下から首飾りを取り出しきゅっと握る。こうするとなぜか落ち着くような気がして、これをもらったあの日から癖になっていた。

鏡に映った自分の姿をもう一度確認し、急いで部屋を出た。


騒ぎの原因は大方予想がついている。

部屋から出てそれとなく覗くとまだ言い合いをしていた。


「おはようございます」

「あ、あら。おはよう」

「おはよう、カシリア」


何かを隠すような含みのある笑みでシス姉さんとゲルマー兄さんは挨拶を返す。


「朝ごはんできたわよ。ほら、食べて食べて」

「ささ、こっち座って」


無理矢理席に着かされ、目の前にいくつかの料理が並ぶ。

今日はスープにパン、そしてサラダ。一品しか出ないこともあるが作ってもらっているからには感謝しなければならない。


「ありがとうございます。シス姉さんとゲルマー兄さん」


少し沈黙があり見上げるも、二人はすぐに「いいのよ」と手を振る。


「カシリア。今日は私たちこれから用事があるの。後はできるわね?」

「大丈夫です。私のことは心配せず、お気をつけて行ってらして下さい」


まるで何かから逃げるようにそそくさと二人は出て行った。

それを確認してから立ち上がり、台所へ向かう。布に包まれたものを発見しめくると、大皿が出てきた。

それは祖母が大事にしていたもの。二人が逃げたのはこれのせいだったのだろう。気づかないはずはないのに。

一人溜息をつくと、せっかく作ってくれたのだからと黙々と食べる。

向かいの席に祖母が座っているような錯覚。

頭を振りそれを払いのける。


祖母が亡くなったのはつい数か月前。

普通の老衰だった。

だから諦めるしかなかった。

母のように眠り病だったらいつか目覚めてまた一緒に暮らせるんじゃないだろうかと考え、その度に祖母のいない現実を突きつけられた。

母が眠り病になったのは自分を産んですぐのことだったという。

そのことに絶望した父は一族のもとへ帰ってしまったため、祖母に引き取られた。


祖母は優しかった。多くのことを教えてくれた。

何より楽しかったのは、祖母が紡ぎだす「唄」だった。


六つの種族が共存するこの世界で、実質上の権力を持つのはアラステという歌うことで「唄」の世界を再現させる一族。

その血を受け継ぐ祖母の「唄」はまるで現実のことのように聞く者の体に記憶される。

伝承やあたたかな思い出、争いやまぬけな人の話。

自分の知らない世界が広がっている「唄」に引き寄せられていた。


今朝見た夢もそのひとつ。

祖母が息を引き取る数日前、それが最後の「唄」だった。



【Eborinowa】


エリオが絶えた原因。

そして母を蝕み、この世界に広がりつつある謎の眠り病。

食事も排泄も衰弱もない、まるで時が止まったかのようにただ眠り続けるだけの、治療法も予防法もない病気。


“黄昏の街”は特区に指定され今は立ち入り禁止となっている。


食べ終えた食器を洗い、簡単に掃除をしたら外へ出る。

眩しい光が目に入り思わず視線を下げる。

ここから見えるのは柵で覆われた“黄昏の街”。中までは見えないが周囲に木が植えられて薄暗い。


どうしても祖母が最後に言った言葉が思い出せなかった。

黄昏の街は――なんと言っただろう。


さわさわと揺れる梢を見て、少し歩いてみることにした。




「半純血かしら」

「コントゥルゲンだって聞いたぜ」

「えー、あのドルフとの掛け合わせ? しんじらんない」


空は綺麗な青で澄み渡った空気。すぅ、と深く息を吸う。

否応なしに入ってくる言葉の数々は慣れっこだったけれど、未だに心が震える。

込み上げてくるものを無理矢理押し込んで再び歩き出す。


別種族同士の間に生まれた子を半純血と呼んでいた。

父は羽と尻尾を持つドルフと呼ばれる種族で、なぜかアラステの母と一緒になった。

だから半純血なのは本当の話で、どちらの性質もきちんと受け継がれていないことが悔しかった。

背中には飛べない小さな羽、短い尻尾。「唄」の力もなく奇異の目で見られるのが日常茶飯事。


ここはアラステの居住区で“暁の宮”と呼ばれている。

当然アラステの純血統が多く、皆力は個人差があるが「唄う」ことができた。

街のあちこちで唄を披露する子供達を見ていると手が震える。


『周りと違うからと言って悲観することはないよ。あなたはあなたなのだから』


締め付けられるような息苦しさを感じた時、いつも思い浮かぶ優しい声。

祖母がいなかったらきっと言葉という刃で自分は立ち直れなくなっていただろう。

頬に当たる風が少しばかり痛い。もうすぐ砂嵐が来ると誰かが話していたのを思い出す。


(今日、来るのかしら)


急いで街から外れ、丘を下りた。



 ◇◆◇◆◇◆


緑は次第に深みを増していく。

生い茂る葉も背丈は身長を越え、足をとられ転びそうになりながらも前へ進んだ。

枝を掻きわければびりっという衝撃が走り、指にふっくらと赤い玉が浮かぶ。

つう、と流れ落ちていく一筋の血。

共に砕けてしまいそうな心を懸命に抑える。


祖母がいなくなってからは空虚な日々だった。

取り残されたこと、「約束」は成されなかったこと。何より、「味方」がいなくなってしまったこと。

孤独というものを初めて感じた。


それでもまだ独りではない。

眠り続けている母。真っ白い服に包まれ穏やかな表情で横たわる姿を思い描き頭を振る。

今は特区のひとつで【Eborinowa】の感染者だけが集められた建物にいるという。


立ち入りは禁じられ会うこともできず記憶にも残っていないが、祖母に「よく似ている」と言われるから、きっと自分をもっと大人にした感じなのだろうと想像していた。


病気が治れば会える。一緒に暮らせる。そしてもしかしたら父も戻ってきてくれるかもしれない。

乾き始めた血を拭き取り唄を思い出しながら更に奥へ進んでいると、どこからか立ち上る匂いが鼻をついた。

何かが燃えるようなものと、思わずお腹が鳴りそうな匂い。


「あー! おまえあらすてだな! このやろう」


突然太腿辺りをぽかぽかと何かで叩きつけられる感触に驚いて声も出せず下を見る。

葉が幾重にも重なり合った頭が揺れ、小さな拳が追い払おうと懸命に動いていた。状況も忘れ、思わず可愛いと呟けばそれはばっと顔を上げ憤怒の形相で睨んできた。


「くっ……やはりあらすてなどこれではだめなのです! 仕方がないです、とっときのあれを……」

「止まれ。それ以上動くな」


顎下に冷たい物が押し当てられる。木漏れ日に反射したその銀の輝きで背筋が凍り冷や汗が流れた。


「ん? おまえは同士か。少し小さいな」

「つまむなです! 首が締まるんです!」


下にいた子は服を掴まれちょうど視線の高さでじたばたもがいていた。あまりの暴れように彼らは愉快そうに笑った。


「活きがいいなぁ。こんなの久しぶりに見た」

「はーなーせっていってるんですー! ボクよりあいつをー」


最後の叫びで彼らは振り返る。剣先を突きつけられたままの状態であるのを一瞬忘れていた。

凍るような眼差し。胃が縮むような緊迫感に逃げ出したい衝動が起こるがこのまま逃げればきっと“敵”と見なされてしまう。


「その姿だと純血のドルフではなさそうだな……ここに何か用か? 特区なのは知っているよな?」


剣を持つ彼の下がった耳が聞き逃すまいと持ち上がった。祖母の唄によれば下に下がった耳に色素の薄い肌や髪、瞳の色を持つ者は――――


「エリオ……?」


途端にその場に氷に触れたかのような空気が流れる。


「エリオは……不可思議な力で生活するって聞きました。どうして、剣を……」


耐えきれなくて話を逸らそうとしたが、彼の口が歪んだのを見て失敗したときゅっと目を瞑った。


「ああ、そうだ。視覚を他の奴らは信じるみたいだからな。わざわざやさしく、目に見えるもので出迎えてやってるんだ」


そうしてまた真剣な表情に戻り、視線で答えろと促しているのがわかる。

こわくて膝が震えるのを必死で押さえる。

なぜここに来たのか――それは単純な問い、当たり前の質問であるのになぜか咄嗟に出てこない。祖母の唄を思い出したから?

彼らの目つきが一層険しさを増し、慌てて口を開く。最初に出たのは干乾びたような声。ひとつ咳をして再び音にする。


「“黄昏の街”を見てみたかったんです」


エリオは笑った。興味本位であることが彼らの琴線に触れたのか、乾いた声は低い怒りを抑えつけた声に変わる。


「笑いにきたのか? 生き埋めにされた我々を」

「そういうわけではっ」


否定しながらも理由を聞かれたら答えられないことを思い出し、それ以上言葉が出なかった。

“黄昏の街”は埋められたのだ。考えればその光景はわかること。どんなに気になったところで土砂にまみれた跡形もない姿を見て何になっただろう。


そしてそれを見てほしい人など――


しかし目の前と背後にいる者たちは間違いなく黄昏の街に住むエリオだ。


「エリオは生きてるってことですか……?」


祖母の唄の影響が強すぎて皆埋められてしまったのだと思っていた。でもあそこにいなければ生き残っている可能性だってあるし、もしかしたら助かった人もいるのかもしれない。

彼らは複雑そうに眉根を寄せ、なぜか剣を下ろした。


「このことは誰にも言うな。もう帰れ。じきに嵐が来る」


さっと身を翻し更に奥に入って行く彼ら。けれどまたすぐに足を止め空を仰いだ。


「やけに早いな。一本だけじゃないってことか?」

「年々増えてるって話だ。大嵐はないが、何回も来られるとそれはそれで面倒なんだよな」

「村まで間に合わないな。仕方ない、一本目はここでやり過ごそう」


三人は固まって、一人が手を大きく振る。一瞬金色の光が出て三人を囲ったことがわかる。

そんなのに見とれていたら唸る音が聞こえぱちっと頬に何かが当たる。慌てて見回せばもうすぐ近くまで余波が来ていた。


(どうしたらいいの!)


嵐の時はいつも街にいたからこんなにひどいものだとは思わなかったが、実際見てみるとどれだけ甘く見ていたかを思い知らされるほどの巨体と禍々しい色。

身を守るものはない。今からじゃ避けることもできない。

混乱しているのになぜかすっと心は落ち着いた。

このまま母や父のもとへ飛ばしてくれはしないだろうか。ふと浮かんだ考えに胸が鳴る。そっと倒れかけた体を誰かの手が引っ張った。


「来い!」


ある境で空気が変わったのがわかった。さきほどまでの冷えた空気ではなくほんのりとあたたかい。そして引っ張られた衝撃で軽くぶつかったことを謝ろうとして、顔を押さえつけられる。


「じっとしてろ。狭いんだからな」


身動きが取れないことと種族が違うとはいえ一応異性に抱きついた状態に混乱していると、バチバチと何かが当たる音がし始める。嵐の中に入ったのだ。

淡い光に透け当たりの草木が渦巻きに呑まれていく様子が映る。あのままあの場にいたら一体どうなっていたのだろうと思うと身震いした。一瞬でも浮かんだ考えにぞっとしていると、頭上で物騒な会話が聞こえた。


「なんで助けた? このまま放置すれば面倒事も片付いたっていうのに」

「いや、こいつを人質に取るという手もある」

「半純血か発達異常だろう。まともに使えるとは思えないな」

「そうか。しかし殺生は嫌だからな……放り出すか?」


放り出す――その言葉にさっきまであった諦めの境地ではなく、何としてでもしがみついて離れまいという気持ちになり、ぎゅっとエリオの服を掴んだ。


「いやです! もし放り出すっていうなら、このまま一緒に出てもらいます!」

「は?」


訝しげな声にばっと顔を上げる。嵐のせいで暗くて顔はよく分からない。


「私は、まだお母さんとお父さんに会ってないから……!」

「それに今出したらこっちにも嵐の被害が軽くくるんです。とばっちりは御免ですよ」


思わぬところからの援護だった。小さな子が迷惑そうに溜息を吐くと他のエリオも同意し、また沈黙が降りる。その間も容赦なく砂埃や時には物までもが飛んできては跳ね返されて過ぎていく。

やっと落ち着いた頃には、真っ赤な空と散らばった破片が散乱していた。


「ひどい有様だな」


やっと自由になった身で辺りを見回していると、彼らはこの惨状に溜息をこぼしている。えぐれたかのような場所や無残に倒れた木々にそっと触れては離れる。


「まだ新芽が残ってる。少し補助すればどうにかなるだろう」

「とはいっても、今はやめておいた方がいい。すぐに次がくる」

「そうだな」

「それじゃあ早く行くのです!」


急かすように小さな子が一人のエリオの裾をを引っ張る。


「そういえばおまえ当たり前のようにいたが、一体何なんだ? “外”から来ただろ? まさかスパイ……」


先程まで向けられていた疑惑の目が今度は子供の方に向く。なんとなく助けた方が良いような気がして身を乗り出した。


「なんでボクがスパイなんてしなくちゃなんですか。もっとかっこいいことをしに来たのです」


けれど偉そうに胸を張るその子に動きを止める。エリオ達は奇妙なものでも見る顔をした後、にっこりと笑みを浮かべる。明らかに好意的でないものだった。


「そうか。ではおまえもこいつと同類というわけだな。さて、どうしようか」

「木に縛り付けて次の嵐に運んでもらうに一票」

淡々と告げた彼にぎょっとして振り向く。

「絶対に誰にも言いません!」

「ボクはなーかーまーだー!」


子供と声が重なり二人で顔を見合わせる。けれどあっちはすぐにそっぽを向いて説得を始めた。


「ボクよりもあいつの方がよっぽど怪しいのです! スパイに決まっているのですよ。捕まえて洗いざらい吐き出させるべきなのです。ボクも手伝います」

「なんでおまえまで手伝う必要があるんだ?」

「その前に自分が誰で一体どこから来たのか吐き出してもらおうか」


ぐっと、小さな子は言葉を呑みこむ。逡巡するような顔で、やがてぱっと顔を上げるとはっきりと声を上げた。


「長老に会わせてください。今言えるのはそれだけなのです」


一人のエリオの目がすっと細まる。


「妙な真似でもしたら……命はないと思え」

「交渉成立なのです」


にやり、と子どもは笑う。とりあえず難を逃れたようだ。


「長老に会う」ということは何かを意味しているのだろうか。ただ会うだけなら彼らは警戒を続ける。今でも続いているがどことなく暗黙の了解のような言葉にすることのない『何か』も含まれているような気がする。

そんなことを考えていると突然体の自由が利かなくなった。きゅっと締め付けられる感覚に驚いて下を見ると、お腹周りを腕と一緒に蔓で括られていた。

はっと見上げ文句を言おうとし、お腹の虫が鳴きそうなにおいが漂ってくる。そういえばこのにおいにつられてここに踏み入ったことを思い出した。


「美味しそうな匂い……」

「ああ、それはさっきスープを作って……って!」


そんなことが話したいのではない、と剣を突き付けてきたエリオが首を振る。再び口を開こうとして横から言葉が飛ぶ。


「食いしん坊なあらすてですね。さっき朝ごはん食べたばかりなのに」

「なんで知ってるの? 見てたの?」


この森に入ってから出会ったというのに、子供はしらっと告げる。


「あなたはお人好しなんです。あの二人組が嘘吐きの禿鷹だということに気付いていないはずないのに、なぜ放置しておくのですか」


馬鹿にするような目と合う。しかしそれは街で浴びせられる好奇からのものではなく、そして正確には自分ではなく別の人物に向けられている。

お人好しなどと言われるとは思わなくて言葉に詰まった。ただ関心がなかった。彼らも、彼らが欲しがるものにも。


「シス姉さんとゲルマー兄さんは良い人達よ」


心からそう思っているのかと問われれば真実とは言い難い。それでも何かと世話をしてくれるのは二人だったから、悪くなど思えなかった。

呆れたような溜息が場に落ちる。


「善良なあらすてだというのですか? まぁ、あなたがあの暁の宮で稀な人種というのは認めますが」


稀な人種という言葉にどくんと心臓が跳ねる。痛みを伴うそれは消えることのないもの。自分が誰とも異なるという事実は「気にすることはない」と言われてもどこかでいつも残っていた。蝕むような感情が迫上がり前を見ていられなくなって俯くと、エリオ達の会話が耳に入る。


「返しても問題ないように見える」

「子供だからこそ油断はできない」

「だが殺すことなど私達には」

「やはり人質か」


何度同じことを言うのだろう。強く首を振る。


「だめですよ。私はどちらでもないから。疎う者を取り戻すはず、ないじゃないですか。……わかりますよね?」


自分で言葉にして、涙が込み上げてくる。もう自分を守ってくれる人はいない。迎えに来てくれる人も、帰りを待っていてくれる人も、一緒にごはんを食べる人も。自分は待つ側で、ずっと待って待って……それしかできない。

ふと父はそんなどちらでもない自分に失望して出て行ったのではないかと思った。

ぬっと視界に子供の顔が入り込む。驚きで固まっているとにっと笑いながら服を引っ張られた。


「どちらでもないということはどちらにもついていないということですね。それなら、ボクと来るといいのです。あなたの持ってるその玉はボクの目的に重要なものですから、ついでに同行を許してあげてもいいのです」


突然の申し出に更に言葉が出なくなる。話についていけなかった。


「ええと……色々とわからないことだらけで……」

「細かい説明は後でいいのです。今はボクと一緒に来るのか、来ないのかということなのです。どうなのですか」


ずずい、と顔を近づけられて辺りを見回すとエリオ達はただじっと見ている。干渉しないつもりらしい。

仕方なく向き合い、真剣な眼差しにどう答えるべきか頭がぐるぐる回った。

ついていくかどうかとは、このエリオ達の居住区に行って長老と会うかどうかということだろうか?

好奇心がわかないわけではないが、先程のエリオ達を不快にさせてしまったこともあり引いた方がいいような気もする。

うんうん唸っていると、エリオの一人が呼びかける。


「おまえ、さっきまでその娘を怪しいだとか捕まえろだとか言ってなかったか? 結局何がしたい」


もっともな疑問だったが子供は悪びれもせずなぜかえへんと胸を張った。


「ボクは世界の危機を回避させるためにやって来たのです」



砂漠で発生する砂嵐のようなイメージです。

毎年決まった時期にやってきますが原因は不明。

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