駆け引き
腹部を完璧に捕らえた――はずだった。
「え……」
腹部を狙った腕は空を切り、ついさっきまでそこにいたはずの相手の姿すらも見えない。キリクの動きが固まったのはほんの一瞬だけ。その一瞬の間にひゅっと風を切る音が聞こえた。一拍遅れてはらはらとキリクの手入れの行き届いた数本の銀の髪が宙を舞った。月に反射してきらきらと美しい。しかし今はその美しさを見る余裕などない。キリクの髪が宙を舞ったということはその部分を狙ったということ。イコールそれだけの腕があることの裏付けでもある。
「動くな。俺に従え。次に抵抗した場合はお前の命の保障などない」
ゾッとするような低い、殺気に満ちた声が耳元から聞こえてくる。ぞわりと体中が鳥肌が立つ。最早抵抗などできるはずもなかった。
「……私をどうするつもりですか」
冷静に平静を装って相手の目的を探る。視線を動かすこともできず、ただひたすらに前を向いたまま……。
「お前は知らなくていいことだ」
当然そんなことに真面目に答えてくれるような相手ではなかった。それ以上聞けば次はどこを狙われるか分かったものじゃなかった。キリクはまだ、ここで死ぬわけには行かない。キリクは大人しく、相手の進む方向へと続いた。