歯車
――森を真っ直ぐおりて民家へ助けを求めてください
その言葉を信じて……否、その言葉に縋ってただひたすらに森を真っ直ぐに突き進んでいた。父も母も生死が不明の今、王族である自分がいなくなるわけにはいかない。王族は絶対的な権力を持つ代わりに国を守る義務がある。だから今、自分が死ぬことは許されないのだ。そうすれば国の頭が消え、国が乱れ、多くの人間が死ぬかもしれないのだから。
「キリク・オルニアだな」
そんな責任すらも消えてしまった。
不覚にもキリクの首には冷たく鋭い、月の光に煌くナイフが添えられていた。いつの間に、と疑問に思うほど鮮やかに流れる様な動作で殺される寸前までに来ていた。本来ならばもう、殺されているような状態にまで追い詰められていることに今更気づく。
「大人しく俺に従え。そうすれば危害を加えるつもりはない。来い」
低く呟くような声は明らかにキリクを威圧するものだった。抗えないのが分かっているかのような物の言い方。高圧的、とでも言うのだろうか。大層身分の高い貴族様の跡取りだろう、と心の中で喧嘩を売った。しかし今のキリクは下手に動けば殺される。せめて相手の顔を見ようと首を動かそうとした。この国では珍しい黒い髪に、目立たないようにか暗い色の布を身に纏っている。背はキリクより15cmは高い。月の光が背から差しているからか、顔は見えない。
「貴方は――」
「喋るな、黙って従え」
相手はナイフ一本。キリクはいけるかもしれないと思った。王族とはいえ、護身術くらいは嗜んでいる。いや、キリクは寧ろそうして体を動かすのが好きでよく兵士と手合わせしたものだ。一般の人よりかは強いはずだ。ならば勝てるかもしれない。そう思い、振り向きざまに相手の腹部を狙った。