惨劇
静寂に包まれた王宮。その静寂を強調するかのように響く12時を告げる鐘の音。高すぎず、低すぎないこの鐘の音がキリクは好きだった。優しく体に響くその音で目を覚ましたキリクは違和感を覚えた。今夜は宴会だ。それなのに何故こんなに静かなのかと。確かに12時なのだから静かでも可笑しくはない。だけどそれは普段ならの話だ。今夜は国王直々の祝宴のはず。それなら夜明けまで宴を続けていても可笑しくないはずなのに、何故こんなにも静かなのだろう。
ふと体を起こし、ゆっくりと扉の傍に待機していた護衛の兵士を連れて祝宴が行われていた大広間へと足を運んだ。進める足が重く、そして早くなる。明らかに何かあったのだと確信できるほどに静かだったからだ。大広間へ近づいているにも関わらず、人の姿も声も何も見えてこない。聞こえてこない。使用人たちも見当たらない。嫌な汗が溢れる。ドクドクと鼓動が早まる。長く感じた廊下を抜けて、大広間の扉を勢いよく開ける。
「キリク様!」
ばっと護衛の兵士に目を覆われた。
(何……?真っ赤な……)
遮られた目の代わりに臭いが今のよくない状況を伝えてくる。鼻を刺すような強い鉄の臭いと生臭さ。そしてほんの一瞬見えた赤。情報なんてそれだけで十分すぎた。
「キリク様、お逃げください」
目を塞いでいる護衛が小さな声で、それでいて緊迫した声で言い聞かすように繰り返す。
「お逃げください、今すぐこの場から。いいですか、振り向かずに森を真っ直ぐおりて民家へ助けを求めてください。私もすぐに参ります」
キリクにはもう、頷く以外にできることはなかった。ここが危険だということは本能的に察している。ただどうしていいのか考える余裕なんてものはなかった。思考が停止してしまったキリクはただ、素直に従った。ふらつく足取りで視界もぼやけたままで、それでも足を動かし続ける。幾度となくよろけ、座り込みそうになりながらも民家を探した。