いつか、遠くの未来まで。
どうしようもない馬鹿だとはわかっていた。
今まで生きてきた中でそれとなく、悟ってしまった。
私は、そこはかとなく馬鹿だった。
目に見えている愛情を見えないと言い、
真摯に思ってくれた人の言葉を疑い、
守ろうとしてくれた腕を私がばっきり折ってしまった。
『本当は、私のことなんかどうとも思ってないくせに!』
なんで、あんなこと言ってしまったのだろうか。
『もう、あなたなんて大っ嫌い』
あんなにも彼は、私のことを愛してくれたのに。
信じられなくて突き放してしまった。
もう彼は私を愛してはくれないだろう。
「やぁ」
そう、思っていたのに。
彼は私の前に現れた。
手には黄色い水仙の花束が握られている。
「なんで、」
「君を愛しているから、じゃダメかな?」
「だって、私は」
「君がいなければ、僕は生きてなんていられないんだ」
あはは、と乾いたような声をあげて笑う彼。
それが嘘ではないことに気付く。
火傷だろうか、水膨れができた手指。
水分を失った両手。
足首から膝にかけての青あざ。
どこをどうしたらできるのかわからないほどの傷。
「ど、どうしたの?これ・・・」
「君が帰ってきても大丈夫なようにご飯を作ろうとして、フライパンを握ったんだ」
そうしたら右手を大やけどした。そう笑って言った。
普通高温のフライパンになんて触らないだろうに。
「洗濯物を干そうと、二階に上る途中で五回くらい転んだんだ」
脛を強かに打ち付けて、青あざを量産した。
そう言うことだろう。
「君が、僕を守ってくれていたんだね」
「・・・・は?」
「僕は何にもできないけど、君は沢山できる」
「それは家事だけでしょ!私にだって、できない事ばっかりだもん」
つい勢いで弱音を吐いてしまった。
疑うことばかりで、信じることができない。
真実を見抜く力のない、馬鹿だからできない事ばかり。
彼の言うような万能性なんて欠片もない。
「うーん。僕にできることと君にできることは違うよ。
――だからまた一緒にいようよ。そうすれば、僕らはなんだってできるよ」
迷いなく言った彼は私に水仙の花束を渡してきた。
「もう一度、僕と一緒に暮らそうよ」
彼はもう「愛している」とは言わなかった。
前は沢山沢山言ってきたのに。
私が嫌だと、信じられないと言ったから。
黄色い水仙の花言葉は、「もう一度愛してほしい」。
それは、彼の精いっぱいの言葉を使わない告白。
「・・・・うん」
花束の中から、一本抜いて彼に渡す。
「また、一緒にいて」
零れそうなくらい目を見開いた彼は、そのまま私を抱きしめた。
全身で私を覆い、私の背を撫でる。
逞しい腕が力み過ぎで小刻みに震えていた。
言葉を介さずにも伝わるように、思い切り抱き付いた。
また彼の愛を疑うかもしれないし、家を飛び出すようなことをするかもしれない。
だけど、その度にこうやって彼を好きになる。
そんな毎日が続いていくんだろう。
願うことなら、死に別れる瞬間はお互い好きのまま――――。
柄にもなくそんな未来の話を考えた。