怒りの紅き棘
「逃げられないだと? お前は馬鹿か? おぉ! 俺は鼻っからお前を殺るつもりでいるんだから逃げる必要がね〜んだよっ」
傷口から絶えず血が流れ落ち続けているが彼の気迫は全く衰えておらず、むしろこれが彼に火をつけた。
「自信満々だね。そんな体で何が出来る」
「はっ‼︎ こんなもん唾つけときゃ治るわい!」
「そんな民間療法なんて当てにならないよ。それに……」
前屈みで右足を大きく踏み出して距離を詰める。
「唾をつける暇も与えない」
流れるように刀を引き抜き、それを目標へ向けて振り上げる。
「むおいっ!」
だがそれはエビのように体をのけぞって避けられしまった。
「ちょこまかと動くね君は」
「真剣勝負は好きだが敵の攻撃をマトモに受けるほど馬鹿じゃないもんでな」
「君に知性があったなんて驚きだね」
「そりゃあお褒め頂き光栄だぜ。だがよ驚くのはこれからだぜ」
雰囲気が変わり何事かと思うと、メリケンサックから棘のようなものが隆起していた。
「ふん、なんだいそれは」
長さは五センチ程度で親指以外の指の間に現れたそれは先ほどの雰囲気が何だったんたと落胆してしまう、見ているこちらも心許ない隠し武器は。
「刀相手だと流石にリーチ的に不利だからな。初っ端から本気出させてもらうぜ」
一見リーチの問題は解決されていないように思えたが意外にも効果はあり、攻撃を避けるのではなく棘を利用して受け流し、反撃に出る。
しかし、それに当たるほど燿堂は甘くない。鞘でそれを受け流し逆に反撃に出る。その繰り返し。
攻撃され、受け流し、反撃。両者それを続けるが一向に当たる気配はなく燿堂は唐突に一旦刀を振るう手を止めた。
「あ? どうした。まさかもう降参か。根性が足りねぇな根性が」
体力的問題かと郷は動きを止めて挑発をするが燿堂の息は全く乱れてはいなかった。
「そうじゃない。こうして君と艝合うのは楽しいけど今回は悠長に戦っている暇はないらしくてね。次で決めようと思って」
ただでさえ単独で敵の本拠地へと突っ込んで来たのだ。いつ増援が来るとも限らない。その前にケリをつけたい。
理想的なのはここで勝ち京達と合流して他の敵を倒して最終的には全員で理事長と、という流れだ。それにまずこの男を倒さなくてはいけない。
「短期決着がお望みか。嫌いじゃないぜそういうの。乗った! よくあるやつだ。次の一撃を最後にしよう」
「じゃ、決まりだね」
刀を鞘に納め、深く腰を下ろして構える。
「居合か。いいぜいいぜ、男らしくてよぉ!」
部屋に響き渡るほどの大声で叫びながらボクシングのように両腕で顔を隠しながら突進してある距離まで到着して左ストレートを放つ。
それに応じて燿堂は鞘に納めていた刀を抜き放ち、切り上げるがそれは予測されていた。
左拳に装着されたメリケンサック、そこから隆起している三本の棘が一気に伸び地面に突き刺さり、がむしゃらに突っ込んで来ていた郷の体を後方へと強引に移動させた。
その結果、刀は伸びた棘だけを斬るだけに終わってしまった。
「アンガーソーン!」
居合は一撃の攻撃力とスピードが高いが欠点はその一撃を外してしまうと大きな隙が生まれてしまうこと。これは避けられない。
郷はこれを狙っていた。そう、彼はただ猪突猛進の馬鹿ではない。戦闘時ならば考えて行動する。
目の前で刀が過ぎ去るのを確認してから残った右拳を燿堂に向けると棘がメリケンサックから発射された。
打つ手なく、その棘に当たるかに思えたが彼にはもう一つ武器がある。メリケンサックでなく、棘でもなく、刀でもなく、心でもなく、それは左手に握られた鞘。
その鞘から赤い何かが大量に放出され、棘だけでなく郷の体をも吹き飛ばした。
これは彼の新たな力。今までは垂れ流しにしてちた霊力を鞘に集め、それを放出するというシンプルなものだがこれによって足りなかった一撃の強さを手に入れた。
「僕は一撃だけとは言ってないよ」
大量の闘気で気を失ったリーゼント頭の不良にそれだけ言い残し、再び刀を鞘に納めて京達と合流する為、会議室を後にした。




