修行
「あの双子、まんまと返り討ちにあったらしいですよ。それが天界からの使いにやられたようなんです。これは予想外の展開なんじゃないんですか?」
裏理事長室。地下にあるその部屋で自称聖者は他人事のようにソファに寝転ぶネルガルに報告するが、あの双子には自信があった。
「あいつらアホだからそこをつかれたんだろ。だが負けたとなると何か手を打たないとな。天界から来た奴はどうしてるんだ」
「守護霊や気が使える人たちを集めて天界へ向かいました。双子が言うには彼らはそこで修行するらしいですよ。しかもここら一帯にはハデスのお仲間さんが見張ってるそうですから彼らがいなくなっても生気集めはよした方がいいですね」
「なに、中庭にあの木があるかぎり時間はあまりかけられないはずだ。だが見張るぐらいなら自分たちでかかってくればいいのにヒヨッコに任せるなんて何考えやがるんだ」
戦闘系の神は少ないのだが、それでもまだ神にもなっていない候補生たちに任せるなんてネルガルからしたら投げやりになったのかと勘違いするほどの行為でそれを理解しようとは思わない。
「神は仕事が大変なんですよ。サボってばかりの貴方にはわからないでしょうがね」
「それでも納得いかないな。だがこの指輪を渡すわけにもいかねーんだ。あいつらを集めておけ。もう生徒とか関係ない。戦争だ」
殺気のこもった一言に一礼で返事をした自称聖者は戦闘体制を整えるための戦力を集めに裏理事長室を出て行った。
「ここが天界か〜」
京、春美、影山の目の前には広大な原っぱと雲ひとつない青空が広がっていた。
「正確には天界のトレーニングルームでこの風景は幻術でできているんだが、広さは俺が保証するからのびのびと修行してくれ」
この三人の指導をすることになったミリオが広大な景色を眺めて微笑んだ。
「ねえ、なんで俺ここにいるの?なんか上手く言いくるめられた気がするだけど。俺は金にならないことをしないぞ。なのにこんなところに連れてきたんだ」
文句を言い始めたのは影山だ。彼も一応、京側の人間となっているからミリオは声を掛けたのだろうがあまり乗り気ではないらしい。
「君の命を守るためさ。ネルガルは裏切った君を決して許さないだろうし、次で決着をつけに来るはずだ。その時に戦えるための力を教える。金なんて関係ない」
流石に金より命が大事らしく、影山はムムムと唸りながらも抗議をやめて納得せざる負えなかった。
「他の人はどんな修行を受けることになっているんですか?」
「千冬さんは師匠の昔の仲間の三雲さんが教える一人になった時でも対処できるような力をつけるための練習をして、燿堂くんは戦いたいって本人の希望でアレスさんが実際に戦いながら霊力と気力の使い方を完璧にする特訓。紘一くんはまだ守護霊が使えるようになって日が浅いから霊力の底上げ。そしてここにいる皆は守護霊を完全に扱えるようにするための修行だよ」
京たちにとって聞き覚えのない名前が出てきたりしたが、気になったのはそこではなかった。
「燿堂をよくここまで連れてこれましたね。絶対に人から何かを教わるなんて嫌がるのに」
「燿堂くんは戦いたくってウズウズしてるって感じだったからここなら好きなだけ暴れてもいいて言って連れてきたんだ。あともう少しで俺も戦う羽目になるところだったが、あいつは戦いの中で成長するやつだから相性の良さそうなアレスさんに会わせたらこっちの方が強そうだって、間一髪のところで助かったぜ」
なんとなく燿堂がミリオを困らせている光景が浮かび上がる。
「それで俺たちは何するんだ?守護霊を完全に扱うったってそんな簡単なことじゃないんだろ」
「その通りだ。まあ、お手本を見せるとこうだな」
草を踏みならして京に近づいてきたミリオはいきなり右ストレートを腹へと放つ。
「うべ!な、なんですか急に……」
かなり加減したようで、双子のように吹き飛ぶことはなかったが腹を抑えずにはいられないほどの痛みが走った。
「せ、先輩。大丈夫ですか?」
「オイオイオイオイ。何の真似だこれは?返答次第じゃあ、どうるなるか分かってるよな。こいつは殺そうとした俺でも受け入れてくれた恩人なんだ。お前がいくら強かろうが地獄の果てまでつきまとうぜ」
影山の本気の威嚇に殴った本人は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。
「済まん……。ただ俺の守護霊を出したかっただけなんだよ。ちょっと手加減をミスつちまったんだ。京、無事か?」
「は、はい……」
痛みに耐えながら顔を上げると、プニプニした感触がしそうな白い物体に幼稚園児が描いたような黒くてグルグルした目がある何かが浮いていた。
「双子の時は出し惜しみをして見せなかったが、これが俺の守護霊アジャストだ。こうやって形にするにはイメージがいる。まずそのイメージ力を上げる修行をするぞ」
アジャストという名前が似合わないこの守護霊が修行の始まりとなった。




