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神と仮面のスピリチュアル   作者: 和銅修一
クレイジーギア・ダンス
39/52

少年とシャボン玉

「ったく、とんだ駒だったなあいつは」

 暗くなってきた廊下で右手を握ったり開いたりして先ほどの感触が残っているのを確かめながら、誰もいないのにも関わらず愚痴を吐いた。

 それはここ病院の匂いと曜二が残していった奇妙な忠告。

 まるでこれから何が起こるのか分かっているようで腹が立っているのだ。

「クソ!」

 勢いに任せて拳に怒りを乗せて壁を殴るがそれは途中で止まった。

「何だ?この声は」

 何処からともなく聞こえてきた啜り泣く少女の声が彼を止めて、それを探すために首を巡らせるが視界には誰もいないし電気が薄っすらとしかついていないのでまったく見えない。

「誰かいるのか……?」

 引きつられるように声を辿って足を進める。

 そしてたどり着いたのは2042番の病室で名札のところには谷川 葉介(ようすけ)というのが一つあるだけで他は空になっている。

 さっきの曜二と同じでこの病室には一人しかいないのだろう。そしてその一人が先ほどの声の主なのだと思い、扉を横に開いた。

 確かにそこにいたのは泣いていた。しかし、理事長は自分の目を疑った。

 聞こえたのは少女の声だったはずなのに、今見ているベットの上で泣いているのは水色のパジャマを着ながら体操座りをしている少年だった。

「お、おじさん誰?」

 思わず後ずさりをしてしまい、その音に反応して顔を上げた少年はジッと顔を見つめてきた。

「初対面でおじさんとは失礼だな。俺はここから泣き声が聞こえてきたから来てやったのよ〜。だけどお前じゃないな。ここは本当にお前だけか?俺が聞いたのは女の子の声だったんだ。何か知ってるならすぐに教えろ」

「ここは僕一人だし、他の部屋は誰もいないよ」

「誰もいない?この辺の患者はお前だけってことかよ。それならあの声は一体……」

 考える中で、曜二の言葉がふと蘇ってくる。

 言霊。

 さっきの少女の声はこの病院で死んでいった少女の思念が積もってできた言霊ではないか?

 馬鹿馬鹿しいと思って首を振って自分自身の考えを否定してみるもののその先入観は拭えない。

「いや、例えそうであったとしても俺には関係のないことだな」

 一度学園へと帰って次の準備をしなくてはならないし、理事長としての仕事も早々に終わらせておきたい。

「おじさん帰っちゃうの?」

 扉を横に開く途中の背中に話しかけてきたのは少し寂しそうな表情で見つめてくる葉介だった。

「俺はお前とは何の関係もないしここでの用はとっくに済ましてある。大人は忙しいんだ。一人が嫌ならさっさと病気治して学校行くんだな。俺は子供は嫌いだが、そうやって泣いてれば何でも解決すると勘違いしてるやつはもっと嫌いなんだよ」

 そう吐き捨てると扉を大きく開いて外へと出ようとしたが、あるものがそれを止めた。

「こ、これはなんだ?」

 まるでシャボン玉のようなそれは生きているかのように病室に入ってきて部屋の中をグルグルと回って何かを探し始める。

「な、何これ!おじさん何とかしてよ」

「うるせー!こんな時でもピーチク騒ぐんじゃねーよ。こういう得体の知れないもんにはできるだけ関わりたくないだよ」

 さっと指輪を背中に隠すが、シャボン玉はそれに興味はなさそうで葉介に向かってふわふわと近づいていく。

「こ、こっちに来るよおじさん!助けて!」

 正直ホッとした。一番恐れていたのはこのシャボン玉が指輪を破壊しに来ること。それは今まで殺してきた神候補の死と罪を犯してきた自分自身の行為が水の泡となってしまうからだ。

 だからこの隙に病院を抜け出して、謎のシャボン玉から逃げたかったのが本心。

 そうすれば動きの遅いシャボン玉からは確実に逃げられてこれ以上面倒なことに巻き込まれなくて済むからだ。

 しかし、実際にとった行動は真逆。曜二の首を刎ねる時に使った鎌を出現させて少年に襲い来るシャボン玉を真っ二つにしていた。

「お、おじさん……」

 怖がって泣いていた葉介はいきなりのことに驚いて、鎌を持った大人を充血した目で見つめる。

「だから俺はおじさんなんかじゃないし、そんな顔で見るんじゃねーよ。腹が立ってくる」

「じゃ、じゃあなんて呼べばいいの?」

 片目を閉じ、手を顎に乗せながら少し考えて人差し指を立てた。

「俺のことは死神ネルガル様と呼んでいればいい」

 目をゴシゴシこすって涙を拭いた葉介には死神というよりもヒーローに見えていた。

「ネ、ネルガル様……。かっこいい」

「生意気なガキは嫌いだが、お前みたいに純情なやつは以外と好きだぜ葉介」

「ありがとうネルガル様」

 目をキラキラと輝かせながら喜ぶ葉介。その姿を見て放ってはおけなくなってしまった。

「とりあえずこの病院から出るぞ。さっきのシャボン玉に似た気配がまだ幾つか感じられる」

 二人が病室から勢い良く飛び出して行くと、先ほどシャボン玉が割れたところで声が聞こえた。

「助けて……」

 だがその少女の声は誰にも届くことはなかった。

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