手下からの忠告
ここは紘一の通報で校舎から落下して見事に足を骨折した曜二が入院している病院。そこに二つの影が歩んできた。
「随分と地味にやられたみたいじゃないか。オカルト研究部の部長さん」
太く巻かれたギブスに手を置いたのは目つきが悪い大人だった。
「これはこれは理事長さん。もしかしてお見舞いですか?嬉しいですね〜。部員もまだ来てくれていないのに、お早いんですね」
「お前が入院して、もう三日は経っている。それはただ単にお前が嫌いなんだろ。まあ、俺も嫌いだがな」
「それは残念。僕は個人的にあなたに憧れていたんですけどね」
「憧れ?それはお前らしくないな。気持ち悪いぐらいだ」
目つきの悪い目がつり上がって、ベットに横たわっている無様な手下を見下ろした。
「気持ち悪いだなんてお酷いですね。それより理事長がこんなところに来たには其れ相応の理由があるんじゃないですか?それとも生気集めは済んだということなのですか。その左指にはめられた銀の指輪から何か溢れ出ていますよ」
手下になれ、と言われた時にはただのアクセサリーであったのに今では彼の不気味さや威厳の軸になっている。
だがそれはまだ微弱なもので霊力や気の探知能力がすば抜けて高い曜二でさえここまで接近しないとわからないほどだ。
「それだったらこんなところになどに来たりはしない。とっくに俺の野望を叶えているさ。あとはまとまった霊力と生気が一、二個はいる」
今まで殺してきた神候補は守護霊がいるので一般人とは比べものにならないくらいの霊力を有しているし、戦い慣れたものは生きたいという精神が強くて生気の量も半端ではない。
「それならあの後輩くんたちを殺すんですか?」
「霊力はそれで足りるだろうが、生気はそうはいかんだろうな。生きたいという気持ちは本当の死闘を繰り広げたことのある者の方が圧倒的に多い」
「経験者は語る……ですか。その考えは否定はしませんがここでは言わない方がいいですよ。場所が場所ですしね」
何のことかと周りを見渡すと空のベットがが三つあるだけで他には誰も聞いていない。
「ここに神共はいない。お前は何を心配しているんだ?」
不思議な顔をしていつもの鋭い雰囲気がほんの少し和らいだ理事長から問われた曜二は腹の上で半開きにしていた小説を閉じた。
「言葉というものですよ理事長。目は口ほどに物を言うということわざがありますが、それはその人の目から心情を勝手に読み取っているだけでそこに魂などというものは宿っていません。人間がよくするコミュニケーションの一つに過ぎません。ただ一つ例外なのは言葉です。時には霊が宿ることがあるんですからね」
「言霊か。そんな守護霊は見たことがないが、一体何が言いたんだ」
言霊を実戦に取り込もうとしたが、もう一歩のところで失敗した神候補がいたという有名な噂ぐらいなら聞いたことはあるが成功した者の話は聞いたことがない。
「そうですね。素人を甘く見てはいけないということでしょうか?被害を最小限にするためにわざわざ危険を犯してまで神候補と戦うのは見上げものですが、戦い慣れしていない……理事長が言う生気の少ない人でも油断しているとそれ以上の脅威となりますよ」
「今日はよく喋るな牧田。何かいいことがあったのか?それともただ俺にをからかっているだけか?」
いつになくお喋りなところが妙に気になった。まるで何をしに来たのかを察しているかのような雰囲気が漂っている。
「おや?どうやら随分と話し込んでしまったみたいですね」
窓側にあるベットから外を眺めてみると夕日が半分沈みかけているのを確認して、再び理事長の顔を見つめるその目は何かを決心した強いものが読み取れた。
「あの人から聞きましたよ。理事長は死神のんですよね?それも裏切り者のレッテルを貼られた神様だとか」
曜二があの人と呼ぶ者は理事長は誰かはすぐに理解できた。
それはいつも行動を共にして同じ目的を追いかけている自称聖者という変わった人物で手下は彼からのお告げで手を貸してくれたということも多かった。
だがそれもあくまで言葉。
金好きで陰気な暗殺者には響くことはなく、結局無駄な出費を出すこととなってしまったのは記憶に新しい。
「まったく……あいつは自分で聖者とか言っておきながら他人の個人情報を流すとはな。だが知ってるなら何で逃げようとしない?俺は使えない駒を持っておくほど親切な神じゃないんだぜ」
脅しとばかりに鋭利な鎌を出して見せるが、顔色一つ変えずに目を閉じた。
「死ぬということは怖くありません。ただあなたの……あなた方の役に立てなかったことが心残りですかね」
「それなら安心しろお前の霊力はいただいていく。死んで役に立てるぞ」
「そうですか。それは何よりです」
何の感情からかは分からないが、目を閉じたまま横に振られた鎌に首を刎ねられながらも笑っていた。
ただ一人残った理事長は赤に染まったベットを確認してこの部屋を出ながら彼の言ったことの本当の意味を探し続けていた。




