勇気の盾
盾はまるで自分の中にあった勇気を具現化したように灰の手に乱された心に活を入れてきた。
「ブレイヴコネクト……こいつの名前か」
突然、盾から声が聞こえた気がしたその名前を確かめるように囁いた。
地面から溢れるように出てくる不気味な手などもう怖くはない。
「よし、行くか。オカルト研究部の部室へ」
最も手が多く出て、霊力が強く感じられて紘一を中庭に落とした張本人がいる場所へ。
「ここか……なんか不気味だな」
ここに来るまでには多くの手が妨害をしてきたが盾で叩いて強引に突っ込んだら、いつの間にか到着していた。
唾を飲み込んで、恐る恐る部室の扉を開いて横っ飛んで前回の二の舞にならないようにしたが今回は何も起こらなかった。
「そう怖がることはないよ。さあ、入ってきなよ。僕は君を歓迎したいんだ」
部室の中から聞き覚えのない男の声がした。
「そ、そこはお前だけなのか?」
電気がついておらず、視界が悪いので男の顔も他に誰かがいるかも分からない。念には念を入れる。
「僕一人だ。安心してくれよ。橋見 紘一くん」
小さな子供に話しかけるかのように優しく答えてくれたが、そこに安心感はなく敵意だけが渦巻いている。
「いきなり僕を中庭に落とした人に歓迎されても嬉しくはないな」
いつもとは打って変わり、強気な紘一は顔も見えないその男を睨んだ。
「お〜、こりゃあ怖い怖い。そんな熱い視線を送らないでくれよ。どうだい、お茶ぐらい出してあげられるんだけど」
両手を左右に広げたと思ったら、それがスイッチだったかのように部室の電気がついて部屋の全貌が明らかになる。
あったのは部長と書かれたプレートが丁寧に置かれている机、真ん中にスペースが空けられて並べられている机と椅子。
顔を右に回すと廊下などで襲ってきたのと同じ手がスイッチから指の動きだけでそそくさと逃げて行った。
「その薄気味悪い手は、やっぱりあなたの守護霊だったんですね。オカルト研究部部長さん」
「そんな堅苦しく呼ばなくていいよ。僕の名前は牧田 曜二と、名前で呼んでくれ。そして守護霊は薄気味悪い手なんかじゃなくてフィア・ザ・ハンズ。君を殺すことになる守護霊の名前だ。よく覚えておくんだね」
紹介をしながら背中からうじゃうじゃと手を出現させて不気味に笑う曜二だが、そんな姿を見ても盾を手に入れた紘一は動じない。
「殺す……ですか。確かにその守護霊は変な形をしているけどかなり強力だけど、一つ一つは弱くてここに来ることは簡単でしたよ。そんな守護霊で人なんで殺せません」
実際、廊下で邪魔をしてきた灰色の手たちは普通の人の力と同じくらいで、脅威とは思えなかった。
「君の言い分は当然のことだと思うよ。僕のフィア・ザ・ハンズは強くは見えないだろうね。だけど何事も使いようさ。いくら君が強力な守護霊を手に入れたとしても、まだ使い主が未熟。戦い慣れた僕が有利に決まっているじゃあないか」
「経験の差ってやつですか」
紘一が守護霊を発現させたのはほんの数十分前のことで、その差は火を見るよりも明らかだ。
それに今まで喧嘩もしたこともないのに命がけの死闘などできるわけがなく、怖気ずいて隙ができてそこをつけば勝算は十分にあると高を括っていたが目がそんな目ではない。
死ぬ覚悟などとうの昔にできている戦士の目だ。
「どうやら、君は少し変わっているようだね。死ぬのが怖くないと見える。命知らずのおバカさんなのかな?」
「先輩こそ少しおかしいですよ。なんで勝てる気満々でいるんですか?それに理事長の手下だからって、威張ってないでかかってきてくださいよ。どうせ僕らを始末しろとか命令されてるんでしょ」
理事長の名前を出すと、明らかに顔色を変えて眉を顰めた。
「これはまた随分と強気な後輩くんだね。でもそれでこそ倒しがいがあるというものだよ」
手を突き出して拳を開くと、それを核として数百という手がわんさかと集まって一本の黒い柱となって迫ってきた。
「ぐふっ!」
それを手に入れ始めて間もない盾で防いだが衝撃を完全に消せず、短い悲鳴を上げながらも足で踏ん張って前回のような失態だけは避けた。
「どうだい後輩くん。一つ一つの力が弱ければそれを補うためにそれを合わせてらればいいんだよ。このようにね」
次々と押し寄せてくる手に文字通り、手も足も出ないでいる紘一だがそんな現状を打破するために両腕に思いっきり力を入れて押し返そうとする。
「無駄だよ無駄。君は今、何百人もの力と一人で戦っているのと同んなじなんだよ。踏ん張っただけでも大したものさ。だがそれを押し返すとなると話は別。君一人の力じゃあどうしようもならないよ。諦めて吹き飛んでくれ。一度目は運良く怪我で済んだようだけど次はどうかな?」
有利な状況に立っている曜二は不敵に笑ってみせたが、それでも紘一の目はまだ死んではいなかった。
「それはこっちの台詞ですよ先輩。頭を打たないように注意してくださいね。僕は責任とれませんから」
「な、何を?」
確信がこもった声にもしやと思って部屋の隅々を見て回ると後ろの四隅に黄色い糸状のものがついていた。
「お気をつけて先輩」
黄色い糸状にものは紘一の守護霊であるブレイヴコネクトから出たものでそれはゴムのように収縮してせまいくる手たちを押し返して状況を把握しきれていなかった部室の主の顔面に直撃して、ガラスが割れる甲高くやかましい音が鳴り響いた。
「ふ〜、危なかった〜」
足元をふらつかせながらも落ちた者の生息を確かめるためにも下を覗くと、足を抑えながら悶えている男の姿があった。
「理事長に報告お願いしますね先輩。それとお大事に」
校舎を出ると同時に携帯で彼のために救急車を呼び寄せた。




