昔話りと宣戦布告
「じゃ、あれか? ジーニヤも、急に姿を現したり、衣装を変えたり出来るのか? 」
突っ込むアリシアに、ジーニヤは皺を深くして微笑んだ。
「姫様は、じいが人ではなくても、驚かれませんなぁ」
「人でもなんでも、じいはじいだろうが。で、羽は? 見えないようにできるのは、結構上級なんだろう?」
ジーニヤは、愉快そうに声をたてて笑った。
「そうですなぁ、それなりに」
それからジーニヤは、アリシアに、大魔王シュバルツが眠るまでの経緯を話してくれた。
人の国々の覇権争いが激しく、戦乱の世が続いていたこと。
彼ら、人にはない力を持つ種族の中でも、抜きん出た能力に恵まれたシュバルツが誕生したこと。
シュバルツは、数少ない眷属達の、人の世には関与しないという不文律を無視し、好きなように能力を使った。それこそ、気紛れに一国を滅ぼしてしまったこともあった。
無闇に力を使うなと、眷属の中でも年嵩の者達は諭したが、聞き入れない。そうしてシュバルツは人々から大魔王と呼ばれ、恐れられた。
ある時、シュバルツは、人の世に「飽きた」と言った。相変わらずの戦乱が続き、大魔王を恐れつつも、その力を欲したり、時に利用しようとする者さえもいた。それは、シュバルツにとって、ひどく矮小で取るに足りないもののように思えたのだった。
「つまらない」ならば「不要だ」と、シュバルツは、本気で人の世を消し去ろうとした。シュバルツの動きを察知した眷属達は、必死になって止めようとした。
眷属の中でも、特に人と混じりあい、好ましく感じていたジーニヤ達が先頭に立って、なんとかシュバルツを止め、眠りにつかせたのだった。
「その時、かなりの力を使い果たしまして。もうただの爺になりました」
と、ジーニヤは語り終えた。
「姫様のお役に立ちますかな?」
「十分だ」
話してくれてありがとうと、アリシアは感謝した。
「彼にも何か大切な者ができれば、考えが変わるかもしれませんな」
というジーニヤの言葉を胸に、アリシアは、幽霊城改め魔王の城へと、山の庵を後にした。
出来る限りに馬を急がせたが、やはり日暮れには間に合わなかった。
アリシアは、ジーニヤが帰りに持たせてくれた小さな玉を手のひらに乗せた。
玉はひとりでに馬の前に浮かび、行く道を照らし出してくれた。
「...便利なものだな」
呟いて、アリシアは馬を進めた。無理をさせないよう、今度は慎重に手綱を取る。
やがて夜も更けた頃、魔王の城にたどり着いた。城門も、ひとりでに開き、アリシアを迎え入れる。
ジーニヤのくれた灯り玉は、役目を終えたとでもいうように消えてなくなった。
「お帰りなさいませ」
サラザールが現れて、礼を取った。
「馬は、厩舎でお預かり致します。お疲れでしょう、お部屋へご案内致します」
アリシアが、サラザールについて歩き始めると、
「わざわざ何故戻った?」
廊下の石柱に背中を預けたシュバルツが声をかけてきた。
「三月の間、やり残したことをしないでいいのか」
「やり残す趣味はない」
淡々とアリシアは返す。
「まずは、何事も敵を知るところから始めねばならんからな。しばらく、厄介になる」
大魔王にも有無を言わせぬ口調で、アリシアは言い切った。
「好きにしろ」
シュバルツは踵を返して、背中を見せた。