執行猶予、開始。
人の世の滅亡まで、あと三月。
とにかく考えるには休ませてくれ、とアリシアが頼むと、サラザールが城の豪奢な一室に案内してくれた。
「今夜はこちらでお休みください。なにか入り用なものがあれば、遠慮なくお申し付けください」
そう言って、サラザールは、扉を閉めた。
自分のものよりも豪華なベッドに、
「このまま使っては、申し訳ないな」
と、アリシアは着替えを探した。
「お召し替えでしたら、こちらですわ」
夜着らしきドレスを持って突如として現れたのは、黒い巻き毛の愛くるしい侍女だった。
「次々と湧いて出るな...。もう、驚かんが」
アリシアが苦笑する。
「あら、今までは驚いておられましたの?」
「十分にな」
驚き過ぎて、ぞんさいな態度になっていたのだが。
「で、お前は?」
「アリシア様の侍女を命じられました、ミアです」
ミアは膝を折って正式な礼を取った。
「お前こそ、幽霊か?」
そうでなければ、幽霊城の看板に偽り有りだと言わんばかりのアリシアに、ミアは首を傾げて、にっこりした。
「残念ながら、迷い猫ですの。サラザール様に拾っていただきました。...さあ、お疲れなのでしょう? お手伝い致しますわ」
アリシアは、言われるままに着替えを手伝ってもらい、ベッドに潜り込んだのだった。
翌朝。
ソファで仮寝のつもりでいたのが、思いの外豪華なベットでぐっすり眠れた。
アリシアにかかる状況と責任は、桁外れに重いが、へこたれるアリシアではない。
ミアが、部屋のカーテンを開ける。
「今日もいいお天気ですね」
いつの間に用意したのか、ミアは朝食を部屋に運び、髪を結い、新しいドレスに着替えさせてくれた。
食事が終わった頃を見計らって、サラザールがやって来た。
「今日はどうなさいますか?」
「もともとの予定通り、歴博士の庵に行こうと思う」
「どちらに行かれても構いませんが、シュバルツ様とのお約束はお忘れなきよう」
「やっぱり冗談じゃなかったか」
「はい」
「わかった」
「では、厩舎までご案内します」
アリシアは、サラザールの後について、城内を歩く。
広い廊下に朝日が射し、大理石の柱の影が幾筋も織り成されていた。
厩舎につくと、愛馬が出迎えてくれた。その傍らに、大魔王その人が立っていた。
「それも、馬に乗るのに適した衣装ではないな」
シュバルツは言った。
「そちらが用意したんだろう」
アリシアが気後れもせず言うと、
「これではどうだ?」
ドレスが乗馬服に変わっていた。
「有難い」
アリシアが思わずこぼした微笑みに、シュバルツは、
「変わった姫君だな」
と少し目を細めた。
「せいぜい素晴らしい提案を期待している」
アリシアは、愛馬に跨がると、
「ありがとう」
と、背中越しに言った。
愛馬はいつでも乗れるよう、丁寧に手入れされていたのだった。
「ぞんさいなのか、律儀なのかわからんな」
シュバルツは遠ざかっていくアリシアの背中を見ながら呟いた。