耳をすまして。
シュバルツは、今はアリシアの案に乗り、ほぼ人の振りをしてはいるが、伝説にまでなった大魔王である。その彼が、シルランドの教皇に協力して国をもり立てる等と、アリシアに信じられるはずもなかった。
セリーナは、それ以上のことは言わず、軟禁状態のアリシアを面白そうにしながら姿を消してしまった。
アリシアは、割り当てられた天幕で、おとなしくしているしかなかった。
天幕の入り口に、見張りは二人。外には、シルランドの兵士たちがウロウロしている。
人質の引き渡しも無事に終わり、ゼクストンの兵が一旦は山を降りていったので、雰囲気はそこはかとなく戦勝ムードで、兵士たちの緊張も緩んでいる様子だった。
シュバルツが、進んでシルランドの思惑に乗るとは思えなかった。アリシアは、ジーニヤの手紙を思い起こした。シルランドは、彼の一族との婚姻の末、力の研究に成果があったと書かれていたのではなかったか。
アリシアは、何か情報が得られないかと耳をすます。かなりの時間、そうしていた。はたして兵士たちの喧騒の中に、答えはあった。
「あのフウマグとやらを、また持って降りるかと思うとげんなりするなぁ」
「でかい鏡だけで、相当な重さだもんな」
「しっかし、あれが一体何の役にたったんだろうな」
フウマグとは魔を封じる道具、ということでは? アリシアは、先を聞きたくて、さらに意識を集中した。
「上の考えはわからんが、とにかく上手くいったんだろ」
「明日は、引き上げだもんな」
「ああ、やっと帰れるな」
「帰ったら、都でセリーナ姫様の結婚式だって噂だ」
「ああ、今朝先に国に戻った、あの黒づくめの男か」
今朝出たのなら、まだそう遠くへは行っていないのでは? アリシアは、逸る気持ちを押さえた。
「だけど、あの男、ずいぶん具合が悪そうじゃなかったか? あれで花婿が務まるのかね」
兵士たちは、どっと笑った。
具合が悪そう? やはり封魔具が彼の力を封じているのでは? セリーナと宿を出たときの目撃証言もそんなことを言っていた。アリシアの中で、腹立ちが膨らんでいく。力を封じておいて、協力だの、花婿だのと許せるわけがない。あの魔王が意に染まぬことを強要されるとは。
「まあ、でも、久しぶりに教皇様の奇蹟も拝めるかもしれないし、楽しみだよな」
話し声が遠くなっていく。アリシアの集中が途絶えたせいもあったが、実際、兵士たちが周りから減ったようだった。
理由はわからないが、今しかないのではと、アリシアは思った。
アリシアは、乗馬用のブーツの中に忍ばせていた細身の短剣を取り出した。
「捕虜の身体検査は、必須だろうが」
と、一人呟いて。
アリシアは、その短剣で、天幕の入り口とは反対側の柱近くを切り裂いていった。切れ味は鋭く、ほとんど音をさせずに破くことができた。
アリシアは、引き裂いた天幕の隙間からそっと周囲を窺う。
裏側には、人影はなかった。聞こえてくる声からは、兵士たちが封魔具を運び出す準備に手を取られているのがわかる。
アリシアは、忍び足で天幕を出た。




