やさぐれ王女、引き渡される。
翌朝、クライスは、小隊を率いてキルケルを出発した。隣にアリシアが馬を並べている。キサナ山脈中腹にある三本杉を目印に、シルランドの先陣ヤンソン皇子と落ち合うことになっていた。
町を出ると、足場は悪く、ごつごつした岩に囲まれた。なんとか馬を並べて通れる程度の幅で、普段は鉱山の土や原石を運ぶために使われている道を小隊は進んでいった。
さほどもかかららず、三本杉が見えてきた。シルランドの黒地に緑の二枚の葉を銀糸で縁取りした旗が棚引いている。ヤンソン皇子の率いる隊も、規模は数十人程度と見え、ゼクストン側と合わせてあった。
灰色の口髭を蓄え、針金のような印象を与えるヤンソンは、口上もそこそこに人質の引き渡しを要求した。
「その前に、お聞きしたい」
よく通る涼やかな声で、クライスは持ちかけた。
「今回のシルランドの進攻は、何を意図してのものか」
あまりに率直な問いかけに、ヤンソンは驚き、そして破顔した。
キサナ山脈を隔てた両国は、領土争いをするでもなく、また活発な国交があったわけでもない。そのため、シルランドの事情はあまり明らかではないものの、険しい山を越えてまで、国土の拡張に熱心であるとも思えないのだった。
「真っ直ぐなご気性に免じ、シルランドの体制の都合である、とお答えしておこう」
ヤンソンは言った。
「体制?」
「そう、ゼクストンがこの度のことに首を傾げるのももっともだ。シルランドが欲したのは侵略ではない」
「では、何故軍を繰り出されたのか」
「それは、シルランドが求める伝説を手に入れるため」
応酬はここまでとヤンソンは王女の引き渡しをさらに求めた。
アリシアは、兄に軽く頷くとシルランドの陣に馬を進めた。
「そこからは、降りて歩いていただこう」
ちょうど両陣の真ん中辺りまで進んだところで、そう指示され、アリシアは言われた通りにした。
「王女は国賓として、丁重に扱うことを約束しよう」
と、ヤンソンは請け負った。
「そして、シルランドの体制が整ったあかつきには、お返しする」
体制が整うとはどういうことか、さらにクライスは食い下がったが、それは明かされないまま、二国の代表は別れることになったのだった。
アリシアは、シルランドの馬に乗せられ、ヤンソンの部下が手綱を引いた。
シルランドの戦装束は、布に幾重にも襞をとって体に添わせた衣装の上に固くなめした革をの胴衣をつけたものがほとんどで、体に添って裁断し、縫製した衣装を見慣れたアリシアには、目新しかった。
怯えるでもなく背筋を伸ばして馬に跨がり、のんびり敵陣の観察までしているアリシアは、確かに絶世の美女ではあったが、人質というより凱旋の将のようにも見えた。
そうして着いたシルランドの本陣では、セリーナがアリシアを待っていた。
案内された天幕で、セリーナの姿を認めるや否や、
「シュバルツは、どこだ?」
アリシアは聞いた。
「そんなことを気にしていられる立場ではありませんのに」
セリーナは、にこやかに笑った。
「でも...、そうね。ここにはいらっしゃいませんと、お答えいたしますわ」
自らの優位を疑いもしない態度は、わざとアリシアを焦れさせていた。
「...では」
「彼は、一足先にシルランドへ向かいました」
「シルランドへ?」
「そう、彼はシルランドの教皇に協力し、国をもり立てて行くことになりましたの」
「...そんな馬鹿な!」
アリシアは、耳を疑った。
「お疑いになるなら、その目でご覧になればよろしいわ」
セリーナは、どのみち貴女もシルランドへ行くのだからと、楽しげに言った。




