消えた魔王
アリシアが、用意された食事を食べ終えた頃、ミアが部屋に戻ってきた。
「アリシア様」
ミアの表情が固い。
「セリーナ様が、いません」
「シルランドの従者たちは?」
アリシアが聞くと、ミアは静かに首を振った。
「知らない、と、言っています」
そう言って、ミアは言葉を切り、さらに、
「シュバルツ様のお姿も、見えません」
と続けた。
アリシアは、思わず立ち上がった。ぎゅっと胸の奥の方を掴まれたような気がした。
アリシアは、そのまま即座に部屋を出て、宿も出て、兄クライスの陣に向かった。
いきなり陣中に乗り込んできた王女に、兵たちは騒然となったが、騒ぎを聞きつけて出てきたクライスは、
「何かあったのか?」
と、アリシアの行動よりも事情を問うのだった。
「宿から、誰か出てこなかったか?」
アリシアは言った。
「さあ...どうだったかな」
クライスは、部下たちに確認を取った。兵の一人が、宿の下働きらしい女と黒づくめの男が出ていくのを見たと言う。
「なんだか、男の方が具合が悪そうで、すぐに流しの辻馬車に乗って行きました」
と、その兵士は言った。
「どっちに行った?」
「西の方へ」
町の西に聳え立つのはキサナ山脈。シルランドの陣に向かったのに違いなかった。
黒づくめの男が具合が悪そうだったと聞いて、アリシアの頭の中で、宿から見た光る何かのこと、ジーニヤの手紙のことが駆け巡った。大きな波のように心がうねる。
「馬を!」
言う前に既に体は動いていて、アリシアは陣中の馬を勝手に引き出そうとした。
「どこへ行くつもりだ?」
手綱を取った手を、兄に掴まれた。
「離してくれ、兄上」
「どこへ行くのかと聞いている」
兄の力は強く、アリシアには、振り払えそうもなかった。
「辻馬車を、追う」
アリシアは、かろうじてそう答えた。まさかシルランドの陣に行くとは言えない。
「だから、何故?」
クライスは、押さえた手を緩めずに重ねて聞いた。
「宿から、セリーナとシュバルツが消えた」
アリシアは、渋々言った。
「それは...、我が軍の落ち度だな」
クライスは渋面を作った。ともかく、シルランドとの交渉に大事な皇女が消えたことは問題だった。みすみす、それを目前で見逃したのは軍の失態だ。
「だが、お前まで行ってどうする?」
クライスは、アリシアの手を馬の手綱から離させた。
「さらに交渉が不利になるだけだ」
アリシアに似合わない軽率さを、淡々とクライスは言って聞かせた。
「シルランドから、人質引き渡しの連絡も先程届いた。明日の朝、出立する。お前も、宿に戻っていろ」
「だけど!」
「まだ何かあるのか?」
食い下がろうとした妹に、兄は冷たく返した。世継ぎの王子として今回の交渉を任されているクライスの立場もある。それに、クライスは、王から聞かされている伝説の彼の要素を考慮するのは、危険だと考えていた。
アリシアは、垂らした両手をぎゅっと握りしめ、
「わかった」
と言うしかなかった。




