魔王の告解
出立の準備をしなさいと、王は、アリシアを先に部屋から出した。
「本当は、行かせたくないが」
呟く王を横目に見ながら、
「真っ先に行くと言うと、わかって持ち込んだ話だろう」
と、シュバルツは言った。
「あわよくば...、私が出ることも見越していたか」
「いえ、そこまでは」
魔王が垣間見せた威圧感に、一瞬寒気を覚えつつ、王は即座に否定した。確かに、ここへ話を持ってきたのに、そういう意図がまるでなかったかと言うと疑問ではあった。とはいえ、アリシアに対する魔王の様子は、王の想定外のものだった。
「...狸め」
シュバルツは、低く呟いた。
大型の馬車を2台用意し、1台目にセリーナをはじめシルランドから来た一行、2台目にアリシアと侍女に戻ったミア、侍従に姿を変えたシュバルツが乗り込んだ。まずは国境のキサナ山脈の麓、キルケルを目指して進む。
シュバルツは、残った姫君たちに自分の影を残した。ブラン城は、セリーナとアリシアが消えただけで、他には何も変わらないようだった。セリーナは、国の事情で急遽帰らねばならなくなったということになっていた。
スペースを仕切った馬車の中、当然のように隣に座ったシュバルツの姿が別人なので、違和感が拭えないアリシアだった。
「なんで、ここまでしてくれるんだ」
アリシアは、言った。
シュバルツの髪は短く、栗色になっていたが、漆黒の艶めいた眼差しは変わらない。
「何故だと思う?」
旅装とはいえ、正式に王女として向かう旅なので、きちんとしたドレスを着、髪も細かく結い上げたアリシアを見つめながら、シュバルツは、聞き返した。
「だから、こっちが聞いているんだ」
アリシアが憤然と言うと、シュバルツは、思いがけず、一瞬水面が煌めくように笑った。
「私がいて、よかったと、言ってくれただろう?」
「...あれは、助けてもらったお礼だ」
アリシアは、居心地が悪いような気がして、そっぽを向いた。
「アリシア」
シュバルツが、名前を呼んだ。それは、抗いがたい引力を持った声で。アリシアは、仕方なく振り向いて、目をそらせなくなった。
「お前の行方がわからないと、メイデンが駆け込んできたとき、私は、これまで感じたことのない衝撃を受けた」
シュバルツがそっと、アリシアの頬に手を添えた。
「...よくわからないが、私にも大切にしたいと思えるものができたのかもしれない」
シュバルツが触れている頬が熱い。
「じゃあ、この世界は救われるのか?」
それでもアリシアは、聞かずにいられなかった。
「お前が、責任をとるならな」
胸が痛いほど、どきどきいっているのに、アリシアには、責任の意味が上手く伝わらない。
「責任?」
「まあ、先にシルランドの件を片付けてから考えろ」
シュバルツは、そう言って笑った。
そんな風に、不意打ちで笑うと、余計に胸が締め付けられるのは、どうしてだろうとアリシアは自問する。
「アリシア様」
前の席から、ミアが遠慮がちに声を掛けてきた。
「そろそろ、宿に着きます」
キルケルまでは、馬車を急がせて6日の旅程だった。北のブラン山脈を離れ、主街道に出て西へ向かう。宿ごとに王の命令で替え馬が用意されていた。
最初の宿で、アリシアは、歴博士のジーニヤに鳩を送った。鳩にシルランドとの経緯を書いた手紙をもたせたのだった。
シュバルツが、伝説にまでなっている力の持ち主がそばにいるのに、なぜだか不安だった。




