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要求と理由。

柱に縛りつけられたまま、身動きもままならない。不覚にも拉致されてしまったアリシアだが、無駄に動いたりはしなかった。下手に動けば、自分を傷つけるだけだとわかっていた。

今のアリシアにできるのは、考えることぐらいだった。誰が、どんな目的で、暴挙に及んだのか。実行者達の振るまいから見て、命じた者の身分は高い。

板造りの小屋の隙間から、差し込んで来る日の光の向きが変わっていた。昼を回ったようだ。時間を認識すると、お腹が空いてきた。

そろそろ、何か変化が欲しいところだった。


外が騒がしい。誰かが来たようだ。

薄暗い小屋に放置されているアリシアには、内容まではわからないものの、諫める声と振り切る声が入り乱れていた。

それから、突然、小屋の扉が開かれた。

アリシアは、眩しさに目を細める。男が無言で入って来て、アリシアの背後に回った。

続いて現れたのは、逆光で、判別できないドレスの影。

影は、いきなり一枚の紙切れを投げてよこした。

「婚姻承諾書よ。サインして」

その声と、光に慣れてきた目が、アリシアに相手を認識させた。

後ろの男が、アリシアの猿轡をほどいた。

「この状態で、できると思うか?」

これまでとは違って、普段の言葉づかいでアリシアは言った。まだ両手は柱の後ろに回され縛られたままだった。

「ほどいたら、サインするって約束してちょうだい」

「愚行だな。貴女が、こういうことをするとは」

ゼクストン国内で、その王女を拉致し、要求を突きつけるなど、生半可な決意ではできないだろう。けれど、レイミヤは、アリシアの感慨などどうでもよいと受け流し、

「あなたに選択権はないの。さ、お兄さまを待たせないで」

と言い捨てた。

「ライアン皇子も咬んでるのか?」

兄の名前を出すと、表情が変わった。

「お兄さまは、何も知らない。ただ、無邪気に、あなたに焦がれて、信じているだけ」

「なぜ、そこまでこの婚姻に拘る?」

「お兄さまの継承権が掛かっているから」

レイミヤは、隠さずに言った。

「第2王子の方が相応しいという意見が優勢になってきて」

ライアンは皇太子として苦しい立場なのだと。

「だったら、隣国の公爵の花嫁選びに付き添っている場合か?」

アリシアは辛辣に言った。後ろの男の気配が剣呑さを増すが、レイミヤが、首を振って制した。

「...お兄さまが、どうしても行きたいと、おっしゃったから。あなたと結婚さえすれば、お兄さまは、他のことにも目を向けて下さるようになる。でも、あなたには、そんなつもりはなさそうだし、何より、これ以上、あなたに無意味な執着をして振り回されているお兄さまは見たくない」

レイミヤが、時にライアンから、アリシアを庇ってさえいるように思えたのは、まったく逆の理由だったからとは。アリシアは、呆れ果て、

「確かに無意味な執着は、なくして欲しいが...、解決策として、間違ってないか?」

と、ついつい本音を言ってしまった。

「正しいことだとは思っていないわ。でも、さっきも言ったように、あなたに拒否権はないの。婚姻承諾書にサインするまで、ここからは出さない」

レイミヤにとっての誤算は、アリシアが思ったより憔悴していないことだった。

拉致され、縛られ、閉じ込められたにも拘らず、口が減らない。むしろ、達者になっている。城でアリシアと対峙したときには、王女らしくしていたのが嘘のように思えた。

「...すぐには、無理そうね。あまり弱らせたりしたくないのだけど。また改めてサインをもらいに来るわ。今度こそ、後がないから、よく考えて」

レイミヤはそう言うと、小屋を出た。付き従って来た男が、出ていく前に、再びアリシアの猿轡をしようとしたが、

「必要ないわ。この方は、自分で儚くなったりはしない」

と、レイミヤが止めた。

「むしろ、サインしたくなったら、声をかけて。外に見張りがいるから」

二人が出ていき、小屋はアリシアだけになり、床に婚姻承諾書が残された。




















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