小さな光。
馬を急がせたものの、アリシアがブラン城にたどり着いたのは、すっかり日も落ちてからだった。
城門を抜け、馬を連れて行った厩舎で、
「どこに行っていた?」
と、シュバルツに声をかけられた。
闇に潜む黒衣の魔王は、まるでアリシアを待ち構えていたかのようだった。
「我が国の歴博士のところだ」
アリシアは正直に答えた。シュバルツを見ないまま、馬に水をやっている。
「...ジーニヤか。まだ、生きていたんだな」
「知っていたのか」
「わかるだけだ」
シュバルツは、言葉を切った。
かつて自分を永き眠りに封じ込めた者に対しても、それほど感情を動かされないのが、自分でも不思議だった。
「それよりも。何故、自分の考えた催しに参加しない?」
ピクニックに参加しなかったことをなじるように、シュバルツは言った。
「お前がっ!」
アリシアは、シュバルツと向かい合った。
「お前が、無意味だと言ったんだろう!」
随分、理不尽なことを言われていると思った。腹立たしくて、なぜか不覚にも泣きそうだった。
「確かに、お前のいない催しなど無意味だな」
シュバルツは、自ら言って頷いている。
「着飾って、従者にかしずかれているだけの、似たり寄ったりの女たちの相手など、つまらん」
そう言い放ったシュバルツの言葉に、アリシアの怒りは急激に沸点に達し、気づけば、
「このわがまま大魔王っ!!」
と、叫んでいた。
「ヒトの苦労をなんだと...」
言いながら、頬でも張ってやろうと振り上げた手を捕まれる。
「泣くほどの、苦労をしたのか?」
引き寄せて、その表情を確かめようとするシュバルツ。
「うるさい、見るな」
意地でも抵抗し、うつむくアリシアに、シュバルツは知らず知らず口の端で笑って、
「わかった。こうすれば、見えない」
背中にそっと手を回した。アリシアを両腕の中に包み込んで、
「...随分気を張っていたんだな」
囁く言葉は、すうっとアリシアの胸に落ちていく。
「お前のせいだろ」
「起こしたのは、お前だ」
堂々巡りになりそうな応酬も、もう棘はなかった。
「シュバルツ様ー」
「シュバルツさまー?!」
城の中でシュバルツを探すサラザールや使用人たちの声が響いている。
はっ、と、これまでにない接近遭遇状態の自分を認識したアリシアは、
「呼ばれてるぞ」
と、シュバルツの胸を押し返し、緩やかな抱擁を解いた。
「そのようだな」
「早く行け」
追い払うかのように言うアリシアに、腹を立てるでもなく微かに笑って、
「仰せのままに」
と、優雅に一礼をして、シュバルツは城内へ戻っていった。
「そうそう、明日の催しは、必ず参加するようにな」
と、言い残して。
シュバルツの後ろ姿を見送ったアリシアは、
「...今、笑わなかった、か?」
傍らの馬に思わず語りかけた。
「...笑える、のか...」
当たり前のような、そうでないような。
驚きと、そして何か温かな、胸に灯った小さな光。その光が色づいていく。けれど、アリシアは、まだ気づいていなかった。