赤毛の兄妹
隣国アルティンから、第3王女のレイミヤが到着した。
今回は、まずサラザールが対応し、シュバルツがリリア仕込みの挨拶をしてから、用意した部屋に通す段取りが出来ていた。
アリシアは、一行が部屋に落ち着いた頃合いを見計らって挨拶をするはずだったのだが、出向いたレイミヤの部屋の前で、
「僕の部屋の用意はどうなってんの?」
と、声がかかった。
炎のような赤毛、意外に引き締まった体躯、琥珀の瞳をアリシアに向け、扉に肩を預けて立つその人物は、
「ライアン王子!」
アリシアが縁談を蹴った隣国の王太子だった。
「どうして、ここに...」
「僕が可愛い妹に付き添って、何かおかしい?」
「いえ、いらっしゃるとはお聞きしておりませんでしたので」
内心の舌打ちを隠して、アリシアはそつなく返答した。
「そう。何しろ、同腹の妹だからね。にわか公爵がどの程度のものか、見極めに来たんだよ」
だからと言って、正式な縁談でもないのに、世継の王子がわざわざ出向くか、と言いたいのを必死でこらえてアリシアは、
「優しい兄君を持って、レイミヤ様はお幸せですわね」
にっこり笑う。
「と、いうのは冗談でぇ」
ニコニコと嬉しそうに言うライアン。
「にわか公爵なんか、どうでもいいんだ、ホントは。アリシアが企画したって聞いて、君に会いたい一心で大急ぎで準備させたんだ」
いっそそっちが冗談であって欲しいと思うアリシアの気持ちも知らず、同じ屋根の下で過ごす2月余りが楽しみだねえ、とライアンは頬を緩める。
「僕との縁談は棚上げになってるようだけど、心配ないよ。僕たちの親密さをアピールすれば、上手く行くさ」
誰と誰が親密で、いったい誰にひけらかすんだ?! と、喉元まで出かかった台詞もぐっと押さえ、勘違い王子は捨て置いて、アリシアは、
「レイミヤ様、失礼致します」
と、強引に扉を開けた。
アルティンから連れてきた侍女たちに荷物を整理させる傍らで、赤毛を豪華に結い上げた美少女が寛いでいた。
「お兄様とのお話は終わられたの?」
と、アリシアに向けた兄とよく似た琥珀の瞳は、どこか剣呑だった。
「はじめてお目にかかります、レイミヤ様。ゼクストン王女、アリシアです。兄君には、急ぎ、しかるべき部屋を用意させていただきますので、これ以上お話することはありません」
アリシアは、挨拶に繋げてきっぱりと言った。すると、レイミヤはくすりと笑って、
「絵姿などでは存じておりますわ、アリシア様。やはり、お兄様では不釣り合いですわね。お断りいただいてますのに、お兄様ったら、何かの間違いと言って聞きませんの」
扉の側に立つ兄に聞こえるように言う。
「レイミヤ、それはないよー」
間延びしたライアンの抗議に、
「そうですね。この度はブラン公の御披露目であって、私は采配のためにこちらにいるだけですし。ライアン王子の接待はできかねますので」
アリシアは、そう言って牽制しておいた。
それでも結局、アリシア狙いの王太子は、妹の付き添い監督を名目に、ブラン城に居座ることになったのだった。